第7話 不能喜利

文字数 3,484文字

 Nとあった次の週の土曜日、XはZと会っていた。Zはスタイルがいい。8頭身で脚もゲノム編集でもしたかのように不自然に長い。何よりスキニージーンズが似合う。髪も茶髪で常にツインテールにしていて、顔の小ささをより際立たせている。顔は一言で言ってしまえばそれで終わりだが、ギャルのようだ。それで十分だ。

  向かった先は繁華街から離れた西陽のよく入るカフェだ。静かでテーブルの間隔が離れていて、落ち着いて過ごすにはぴったりだ。カフェに入り、コートを脱ぐなり、Zは、
「一緒に住むって話?それならYESだよ」とはっきり宣言した。
 呆気に取られてようなXを見て、Zは、
「Xが個別で会いたいって言った時からわかってたよ。Xそういう話する時、超絶かしこまるからさ。メッセージがぎこちなさすぎたよ」と余裕な表情でZは言い放った。
「そう。ばれちゃってたのね」XはZに語りかけるように言った。
「それなら、今日の話のメインは終わりね」

  2人は、まさしく舌いじめのような激熱飲み物を飲みながら、Nとの再会の流れと同様空白の数年の話をした。Zは名古屋の方でペットトリマーの仕事をしていたという。すごく暇だった、とZはその仕事をひと言で表現した。店員も少なく、トリムする時も1人で黙々作業をしていたという。犬はしゃべれないので単純にしゃべり相手がいなかったからだ。そこでZは犬に話しかけてみることにした。最初は反応がなかったが、数ヶ月間話しかけ続けていると、次第にZの声に反応するようになった。おすわりやお手では飽きてしまった飼い主に、なにかプレゼントしたいと思い立ち、数ヶ月間にわたってある教育を施術した全ての犬に施した。

 その教育が終了して数日後、Zはペットサロンをクビになっていた。 飼い主たちが苦言を呈したのだ。Zのペットサロンにワンちゃんを預けた飼い主たちが、あることに気づいたのだ。家に帰ってきたワンちゃんは 、テレビで赤いものを見るとよく吠えた。また、飼い主だろうが誰だろうが左利きにはなりふり構わず噛み付いた。まさしく右翼の犬となったのだ。結果、飼い主が不審に思い、ペットサロンに問い合せたところ、Zの犯行とばれ、Zはクビになった。

  これでも楽しいのよ、とモナ・リザが隠している手の方でミルクティーを攪拌した。人に操られない生活は、と一言付け加えた。
「Zが犬操ってどうするのよ」Xは思わず返した。
 Zは手を止めXの方に首を振り、マジでそうよね、とだけ言って、 再びミルクティーを調和させた。

 そう話しているうちに、カフェに2人の男子高校生が入ってきた。かなり大きい声で話している。内容が丸聞こえだ。


 不能喜利『なぞなぞ』

A「・・・だってさ。めっちゃ爆笑でさ。ほんとあいつ面白いんだって。神」
S「すごいな、あいつ。ほんとなんでも出来る」
 Sが続けて言った。

「そういえばこの前もさ、あいつ面白いからさ、大喜利投げてやったんよ。『パンはパンでも食べられないパンは?』って俺質問したわけ。そしたらあいつなんて答えたと思う?『審判』だって。ウケる。あいつが言うには、『審判はゲームマスターだから言うこと絶対じゃん?そりゃ絶対食べられないでしょ』だって。ヤバくない? まじあいつサイコー」
A「まじヤバイよな」 と言って4人がけの木目調の丸テーブルに座る。
S「だよな。たまらん」
A「な。あっ、そういえばさ、あいつクラス対抗大喜利を文化祭でやるみたいだから、みんな練習しとけよ、って」
S「うわっ、まじか。だるいわぁ〜」
A「そんなん言ってたら1回戦負けだぜ? まあ俺は練習しなくてもぉ、あいつに張り合うつもりだからなぁ」
「そんなん言うなら俺の練習付き合ってよ、お師匠さん」Sの笑みがこぼれる。
「いいぜ。任せとけ」
「カメとラクダとサイが買い物をしています。何を買うのでしょうか?」
 Aはそんなん簡単だって、といって顎の下に右手を置いた。
 んー、っとS。
「こういうのはどう? スマホ。あいつら頭悪いからさ」
「そんなんじゃないだろ。もっとなんかこうこれだっていうやつあるだろ」
 なんだろー、といってSは天井を見つめた。Aは床に目を落としている。15秒ほど経って、Sは、
「Aは?」と促した。
 あぁ、といってAは数秒後考えを絞り出したかのように小さい声で、スマホケース、と音を発した。Sは左に首をひねり、Aの顔を目でとらえた。Aは少したじろいだようにSから目を背けた。急かすから、と言いかけたところ、
「え、面白い」とSが顔を輝かせた。
「やっぱAは師匠だわ」
「そ、そりゃあな」と顔を赤らめた。耳も赤くなっている。
「さすが」と言いながらSはメニュー表を取り、
「メロンソーダでいい?俺おごるからさ」と一言発し、メニュー表を閉じた。手を挙げ、店員が向かってくるそばから、メロンソーダ2つ、と元気な声でカフェ中の皆に聞こえるように言った。きびすを返した店員を見て、Sは続けよう、と無邪気そうにAを見た。あぁ、そう声を出したAはさっきと見違えるように顔が輝いていた。先程の回答で自信がついたようだ。

 S「じゃあ、他の大喜利ね。バスに大おおきな荷物をもったおばあさんが乗のってきたのに、誰も席せきをゆずりません。なぜでしょう?」
 A「あー、これは時間の問題だな。まあまあの問題だな」
 Aは先ほどより得意げなように口角を左だけ上げてSの方に目をやった。 こんなんはどうだ、とさっきより早く回答する。
「そのおばあさんが銃を持ってたんだけど、それが理由じゃなくてめちゃくちゃくさかったから」
「結局くさいからなんかい!」Sはお腹を抑えながら左右の足でドタバタと床を叩いた。
「それ優勝〜。はい、それ決定だから次行こう」と次のなぞなぞへとはやる。

「こういうのはどう? 江藤さんが笑顔になるとどうなる?」
「難易度全然変わってないな、秒だな」とがぜん余裕そうなA。
「もっときついお題くれないと暇になるじゃん」
「あ、思いついた、言っていい? 答え」とSがはやる。
「そんな急ぐなよ。急いでもウケ方は変わんないぜぇ? まあいいか。それではどうぞ!」
「江藤さんは殺人ピエロだから笑うとみんな逃げていく!」
 Sはどうだっ、という面持ちでAに顔を向ける。
「ふっ、そんな言ったら全国の江藤さんに失礼だろ。おい、全国の江藤さんに謝れよ」
「全国の江藤様、殺人ピエロ呼ばわりしてほんとうにごめんなちゃい」
「おいおい、いい加減にしろよ。こっちは遊びできてるんじゃないんだぜ」
「ごめん、ごめん」と照れくさそうなS。
「そんなんじゃだめだ。俺がパーフェクトな答え出してやっからよ。お前ちょいと待っとけ」とA。
「メロンソーダまだかなぁ。この店時々来るけどすごい遅いんだよな」
 そう言っているところに面倒くさそうに顔をしかめた店員がお盆に乗せた2杯のメロンソーダを運んでくる。グラスはまだ春というのに汗をかいている。その店員がドリンクを届けにASのところにあと少しという所で、
「きたきたきたー!」とAは急に椅子から立ち上がった。
「これで決まりだ。S、さっきのお題、もっかい呼んで。決めてやるからよ」
 分かったよもう、と笑いながらSはもう一度声に出す。
「江藤さんが笑顔になるとどうなる?」
 Aは立ったまま周囲を見渡し、1拍おいてからさっきより大きな声で言った。
「顔がホームベースになる」

 周りが静まり返る。ASはそれを悟り固まった。逝った。確実に逝った。どうやら自分たちが今空気を壊したことに気付いたらしい。ASは周りにあるどの目とも合わないように面を下げ、木目調のテーブルと対面した。 

 XとZはこの一連を表情もなく見ていた。まるでこの2人のために感情を表に出すのは勿体無いとばかりに。弔わなねば、と自分に言い聞かせるように呟いてZは椅子から立った。床に置いてある自分の小さな手持ちカバンから、何かを取り出し、ASの方に向かった。Zが2人のいるテーブルの前で止まってから数秒後、今魂が戻ってきたと言わんばかりにASは我にかえり、同時にZを見上げた。Zは一番最初の答えのやつ、と言ってすっとASに焼肉のタレを差し出した。それを前にAが何も分からない様子で変な強制力に駆られたように受け取る。それからZは2人に聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で、「後藤さんに轢かれろ」と囁いた。

  はぁっ、とため息をついて、彼女は自分の席に帰ってきた。椅子に腰を下ろすや否や、Xに、
「ていうか、私高校時代青春なんて送ってないから超絶仕方ないよね」と肩をすくめてみせた。
 Xは率直に引いた。

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