第4話

文字数 1,218文字

俺は今日、人生でたった一度のかけをする。
秘薬なんか、ただの嘘だろう。
でも、今はどうか信じたかった。

学校では、朝からひたすら苛めに耐えた。
自動販売機の前に立ち、学生割り引きの100円のブラックコーヒーを二つ買った。
でも、薬を入れようにも、缶の蓋が開いていたら気味悪いだろう。
一緒に飲もうと声をかけて、飲んでいる隙に入れるしかない。
俺はブラックコーヒーを握りしめ、橘先輩を探して校内を走り回った。

そしてやっと階段で、橘先輩の姿を目にした。
「先輩!」
声をかけようとして凍りついた。
橘先輩と一緒に、あの本庄マリカがいたのだ。
「橘先輩、私と付き合って下さい」
本庄が告白したのを聞いた。
でも、どうせ断るとたかをくくっていた。
でも。
「悪い、俺は好きな子がいるから」
この橘先輩の言葉に、俺は心臓が止まるほどの衝撃を受けた。

「橘先輩、好きな女の子がいるんだ。
だから、告白されても全て断っていたんだ。
なのに俺は、こんな秘薬を飲ませて、その子との中を引き裂こうとしていたんだな。
しかも、俺は男。
橘先輩が俺を好きになれば、皆が気持ち悪いと言うだろう。 俺のせいで、橘先輩の人生はめちゃくちゃになるんだな。
兄から人生を奪った俺は、次は橘先輩の人生を奪おうとしたんだ…」

俺は手に持っていたコーヒーの缶を落としてしまった。

カラーン!

「誰だ!」
橘先輩の声に、俺は慌てて逃げ出した。

俺は幸せになる資格がない。
なら、この秘薬を誰に使う?
母さんが一人背負う、介護の負担を減らす為、父さんを呼んで飲ます?
そうしたら、父さんはもっと家庭を省みるだろうか?
それとも、兄さんを好いてくれる人を探して飲ます?
でも、それは介護の押し付けではないだろうか?

誰を幸せにしたら、俺は許してもらえるの?
そんな事を考えながら、廊下を走っていると、いきなり後ろから呼び止められた。

「大石! お母さんが倒れた!
早く病院に行ってやれ!」
こうなるとは思っていた。
でも、まさか今日だとは。
秘薬を使う間もなく、流星群に願いすら言う事も叶わず、俺は何も得られず、俺は何も与えられない。

担任の先生の言葉に、俺は涙をこらえながら、病院に走った。


そして、病院に着くと俺は母さんの病室のドアを開いた。
中から話し声がする。

「母さん、すまなかったな。
遅くなってすまなかったな。」
そこにいたのは、父さんだった。
「大丈夫、ただの過労だから。」
母さんは、にっこり微笑んだ。
「本当に、長く待たせてすまなかった。
やっと目処がついたんだ。
この年で転職だから、給料は少し下がるが、これからは一緒に住んで二人で昇を介護しよう。」
父は、母さんの手を握りしめて、涙を流していた。

父さんは、この数ヶ月で家族がどうなっているのかにすぐに気がついて、家族の為に仕事をしながら、転職先を探していたのだ。
父さんは、母さんを愛している。
家族を愛している。
愛の秘薬等いりはしない。

そんな中、聞き覚えがある奇声が聞こえ、俺は情景反射的に身構えて振り返った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み