第6話(終)

文字数 1,259文字

 志村の言葉を聞いた後、僕は最後に残ったカップのブレンドを飲み干して、グラスに入った水を飲んで口の中をさっぱりさせた。
「それで、その老人から記念に何かもらったのかい?」
「もちろん。大切なものを少し譲って貰った」
 志村はそう答えて、傍らに置いていたハンドバックのファスナーを開いた。中から取り出したのは銀色の平たいベーゴマのような物に、水晶の球体が埋め込まれて、中に動物の骨か角で作った針のような物が浮かんでいる物と、ルビーのような宝石が埋め込まれた金色の印籠のような物だった。
「こっちの円盤は、世界に散らばった旧社会の遺物に反応する。こっちの印籠みたいなものは旧社会の遺物に近づくと赤い石の部分が光って、存在を報せたり扉を開けてくれるらしい」
「すごいな」
 志村の言葉に、僕はただ相槌を打つ事しか出来なかった。そのあと僕も志村も次に話す言葉が出なくなって、ただ黙って旧社会の遺物とやらを見つめる事しか出来なかった。
「それで、これはその老人との思い出と一緒に大切にしておくのか?」
 僕は志村に質問した。
「いや、俺はその爺さんの遺志を継ごうと思っている」
「継ごうって?」
 僕が聞き返すと、志村は思いつめた眼差しになって僕を見た。
「この世界に残っている、爺さんが言っていた旧社会の遺産を探して回ろうと思っている」
「本当か?」
「そうだ。幸いにも俺には海外生活で身に付けた英語力と稼いだ億に近い貯金がある。それを使って、旧社会の遺産を探して今を生きる人間に伝えるつもりだ」
「壮大な話だな」
 僕は自分の心が急に冷めてゆくのを感じた。濃い目に入れたコーヒーが冷めて、雑味が目立って美味いコーヒーではなくなってしまうのと同じ感覚。それと同じ感情を、僕は志村に抱き始めていた。
「お前がどう思うかは分からないが、止めないでくれ。これは決意した事なんだ。あいにく俺には車に乗って、同じ道と時間を一緒に進んでくれる人がいないし、一緒に歩いてくれる人の為に過去を捨てるなんて事は出来ないからな」
 志村は僕が経験したここ最近の出来事に絡めて、また決意を語った。僕も伴侶となってくれる相手と家族になり、新しい道を一緒に進むために車を乗り換えた。志村も僕と同じくらいの決意を持って前に進むのだろう。今はまだ一緒に居るが、高速道路の分岐点のように、また同じに道に合流する事は無さそうだった。
「志村が決意したなら、俺がとやかく言う事は出来ないよ」
 僕はそう言って、席を立つ準備をした。


 それから二か月。僕と志村は顔を合わせていない。フェイスブックやSNSを確認しているが、日本に帰国してからの更新は無かった。志村は今何をしているのだろうか。日本ある旧社会の痕跡を探す旅に出ているだろうか、それとも別の国にいるのだろうか。いろいろな事が浮かんだが確かめたいという気にはならなかった。
 そんな事よりも、僕は伴侶となってくれた女性と一緒にどこかに出かけるのが、何よりも楽しくて幸せな行為だから、僕はそれを少しでも長く続けられるように努力しようと思っている。


(了)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み