第5話

文字数 766文字

 トンネルの中には、外国か異世界かは分からないが、どこかに繋がっているであろう扉がいくつか穿たれていた。金属製のドアノブが付いたドアが世界のどこか、木でできたドアが、僕がイメージした剣と魔法の世界を描いた異世界に繋がっているドアだろう。そこを無視して由香が進んでいるという事は、僕に見せたい異世界は僕の認識や知識の範囲を超えた世界なのだろう。
 しばらく歩くと、由香が足を止めた。息苦しさをこらえて何とかたどり着いた。先にあったのは、建物の三階にあった卵型の物体と同じような色と彫刻が施された楕円形の扉だった。周囲を見回すと、他に扉のような物はない。ここが行き止まりなのだろうか。
「ここが本当の異世界への入り口よ」
「本当の異世界?」
 僕は立ち止まった由香に尋ねた。覗き見た由香の表情は僕が知っている同級生の由香ではなく、以前呼んだ漫画に出てきた、枕元に立つ死神のように冷たいものだった。
「ここに入ったら、俺はどうなるの?」
 僕はまた由香に質問した。息苦しく頭の中がうまく回らなかったが、ここで質問しないと自分の運命が大きく変わってしまうような気がしたので、自然とそんな言葉が口に出てしまったのだ。
「そうね、私と同じような人間になれるわ。そうすれば、私とあなたは深いところで繋がれるの。いいでしょ?」
 由香はさも当然のような口調で語った。この扉の向こう側にある世界を覗いて、より深い所で由香と繋がっても、その事実が一体僕に何をもたらすというのだろうか。
「さあ、一緒に来て」
 由香はそう言って、扉に手を掛けようとした。
「いや、止めておく」
 僕は一言言って、由香に扉を開けないでくれと懇願した。僕の言葉を聞いた由香は扉に手をかけようとしていた手を引っ込めて、こう言った。
「意気地なしね」
 それは由香が僕を案じて掛けてくれた最後の言葉だった。


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