第8話

文字数 1,266文字

 今すぐ楼に戻って一緒に戦いたかった。もし、あの時誰かが「お前は里の者だ」と一言言ってくれれば、何も思い残すことなく死ねたのに。みんなと一緒に死にたかったのに。
 わかっている。みんなが私を思って逃がそうとしてくれていることくらい。
 けれども、それでは寂しさは消えないじゃないか。この胸に空いた大きな穴は、どうしたら埋まる? 誰が助けてくれる?
 家族なら助けてるのか。
 シトリは帰路の道すがら、この里唯一の肉親である妹の家の前を通りかかった時に、その小屋の戸を開けようとした。あんたたちと一緒に戦わせてくれと言おうと思った。
 けれども戸の前で耳にした、家の中から漏れ聞こえる妹とその旦那のまぐわう声で、それを辞めた。
 子どもたちは少しでも安全なところへと里の一箇所に集められた。家にいるのは二人だけのはずであった。二人きりになった家の中で命の最後の灯火を懸命に燃やそうとしているのだろうか。
 そのうち、里で今一つになっている二人は妹たちだけではないということに気がついた。薄い木板が貼られただけの小屋の隙間から、漏れて聞こえるいくつもの声があった。
 この後に及んで生にしがみつくことに意味があるかは知らない。新たな生が、この里の希望だとでもいうのだろうか。けれども、あそこで繋がっている者たちが、そんなことまで考えているとは到底思えない。
 もし、このわけのわからぬ恐ろしさから逃れるため、抱いて抱かれているのならば、それなら一体私はどうすればいいのだ。
 抱かれて死ぬあいつらと、一人生かされ続ける私と、一体どちらが孤独だって言うんだ。
 誰か私を抱いてくれよ。
 そんなことを思っているのに、頭の隅で、何をどうすればよいかわかっている自分が嫌だった。
 家に着くとまずは小屋の裏手へ回った。そこには確かに荷造りを終えた馬一頭が待っていた。荷紐に紙切れが挟み込まれていて、ありがたくも荷の中身が細かく記されていた。
 シトリは不安そうに足元を掘り起こす馬のその背を二、三度叩いて落ち着かせながら、紙切れを眺めて考えた。
 そうして、直ぐに小屋の中に入って足りない物を揃えた。時間はほとんどかからなかった。家にあるありったけの金と、使えそうな書物と、かつての薬問屋の旦那からの封書を掴み、背嚢の中に詰め込んだだけだった。
 すぐに外に出て裏手に回り、鐙に足をかけるとシトリは一気に馬に飛び乗った。馬の乗り方は街にいた頃に覚えた。馬の扱いなら慣れている。
 そして、飛び乗ってから、馬に据え付けられていた弓矢を確認した。弓はこの里で覚えた。しばらく生きて行くための小さな獣ならシトリ一人でも充分狩れる。
 ああ、確かに私は誰よりも上手く逃げられるだろう。一人になったって生きていける。連れて逃げなければならない家族もいない。この身一つ守る力があればよい。この身一つなら、なんとでもなる。
 一人で生きていけるから、一人になった。
 だが、嘆いたって仕方がない。生きねばならない。
 馬の腹を足で蹴ると、馬はしっかりとした足取りで真っ暗な裏山に向かって歩み出した。
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