石神井公園の水辺と鎮守

文字数 1,997文字

 練馬区の都立石神井公園(とりつしゃくじいこうえん)は、東京に住んでいない人には馴染みがないかも知れない。
 若い人ならMr.Childrenの桜井和寿さんがここでジョッギングをしている最中に、『Tomorrow never knows』の歌詞の一部を思いついたというエピソードで聞いたことがあるかも知れない。
 面積は20万平米を越える広大な公園だ。
 三宝寺池と石神井池の二つの池を中心に広がり、樹木は、針葉樹(アカマツ、スギ、ヒノキなど)、常緑樹(スダジイ、クスノキ、イヌツゲなど)、落葉樹(イチョウ、クヌギ、サクラなど)の高木、湿地にはアシ、コウホネ、スイレンなどがいっぱいで、水と緑の豊かな癒しの空間になっている。野球場や野外ステージもある。

 三宝寺池は、善福寺池、井の頭池とともに武蔵野台地の三大湧水池として知られている。
 池の名は、至近にある三宝寺の名から来ている。
 三宝寺池は、特にその水量が豊富であったことで昔から有名だった。
 江戸時代の文献に「池と称すれど湖水たるべし。いかなる日干(ひでり)にても(かれ)ることなく下流の村々この水にて大いに益する」とあるそうだ。
 戦前でも、谷頭部の地底十数か所に湧壺があって清冽な水が湧き出していたという。
 昭和30年頃までは、真冬でも池面が氷らない不凍池としても知られていた。
 水深も2メートルから深いところで2.8メートルあって、武蔵野台地の湧水池では一番深い。
 戦後、周辺の都市化が急速に進み、地下水の汲み上げが増大し、道路の舗装も進む中で、昭和30年代後半から水が減りはじめ、昭和48年8月には石神井池とともに枯渇してしまった。
 現在は、東京都が深井戸を掘って電動ポンプで汲水して、自然湧水で足りない分を補充し、満水量を確保している。

 この三宝寺池の南西池畔に江戸中期に造成したとみられている弁天島があって、弁財天を祀る厳島神社が設けられている。本社は安芸の厳島神社だ。明治維新期の神仏分離令前までは、三宝寺が所管する弁天社だった。主なご神徳は治水守護だ。
 池のまわりを日常的に散歩する人々の多くが、立ち寄って参拝しているようだ。
 三宝寺池の説明板には、「江戸時代には、池の小島に弁天様が祀られ、この池を主な水源とする石神井川の恩恵をうけた流域四十余か村の農民が、「講」をつくって尊崇していました」とある。
 弁天島の南側筋向いの傾斜地に、人が立って歩けるのがやっとの大きさの洞穴があり、そこに祠があって穴弁天と呼ばれている。かつてその傾斜地を形成する山の上にあった石神井城にも通じていたという。
 弁天島から50メートルほど行った池畔には水神社の小さな祠もある。こちらにも参拝している人は多い。
 石神井池は1930(昭和5)年に三宝寺池一帯が風致地区に指定されたのを受けて、三宝寺池とともに武蔵野の景観を保護するため人工的に作られた池だ。
 もともとは三宝寺池から周辺の田んぼに水を引いていた水路だったが、1933(昭和8)年、その水を堰き止めて、ボートや釣りなどレクリエーションを楽しめる池とした。

 はじめてここを訪ねたのが紅葉の季節の休日で、紅葉と緑のコントラスト、それが池面に映ってゆっくりと揺れる景色、風と太陽の光で微妙に変化している自然の姿と、そこに神社の朱色、橋や東屋などが加わった彩、その自然を(ねぐら)に営みを続ける野鳥たち、池で静かにうごめく魚などの生き物魚たち、そこを訪れて遊び、釣りや野鳥観察を楽しみ、くつろぐ大勢の人たちの姿を見たとき、そこに詰まっているのは、自然と人との相互作用によって生まれる小さな物語の数々のように思えた。

 この石神井公園に隣接して氷川神社がある。
 参道の脇には「石神井郷総鎮守社」の立札がある。
 氷川神社とは、須佐之男命(スサノオノミコト)を主祭神とする氷川信仰の神社で、旧武蔵国の荒川流域を中心として200以上ある神社の一つだ。総本社はさいたま市大宮区にあり、見沼(みぬま)の水神を祀ったことから始まったと言われている。
 なるほど、この神社の近くを、かつては三宝寺池から流れ出していたとされる荒川の支流、石神井川が流れている。

 この氷川神社の境内に入る鳥居の前で、お参りを済ませた30代と見られる女性が突然向きを変え、拝殿方向に一礼し、そのあと左手側に向かって二礼したあとで鳥居をくぐって出てきた。
4、5歳と思えるお子さんのあとを追いながら住宅の建ち並ぶ方向に歩いて行ったので、近所にお住まいの方が散歩の途中で寄ったのだろうか。
 さすがに石神井郷総鎮守社だけあって、地域の人々の崇敬の念が篤いようだ。などと思いつつ、ついでに自分もお参りを済ませて鳥居まで戻ってみると、立札があることに気づいた。
 「通り抜けまたは文化財見学等の方も、必ず社殿への一礼を励行してください。いそぐとも 拝んで通る 宮の前」
 そうか、ここに教えがあったかと合点がいったので、自分も教えに従った。
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