第4話

文字数 1,028文字

ウサギの椅子での撮影があまりに長いので、俺と西村は先に建物の外に出た。

建物の外にも点在しているオブジェを見ながら、芝生の上を歩いていると

「好きです」

と女性の声が聞こえた。

が、周りに女性の姿はない。

まただ。

やはりテレパシーなのではないか。

ふと横を見ると、西村がじっとこっちを見ていた。

「もしかして今のテレパシーだと思ってたの?」

「え?西村も聞こえた?女の人の声やったよな?」

「興奮してるとこ悪いんだけど、それそこのラッパからの声だから」

西村が俺の足元を指差す。

1メートルほどの大きさであろうか。確かにそこには2つの大きなラッパが地面から生えていた。これもきっと美術館が展示しているオブジェの1つだ。

「どういうこと?」

「そのラッパ、地下で管が繋がってて、糸電話みたいにラッパ同士で音を繋いでるんだよ」

「でももう一個のラッパにも誰もいいひんやん?」

俺はすぐそばのラップを指差した。

「いやいや、隣のラッパと繋がってるとは限らないんだよ。他にもいくつかあって多分そこと繋がってるんだよ」

「そうなん?」

「うん。ガイドブックに書いてあったんだけどね。まさか、読んでない人がいるとはとても思えないけど、健太郎はもちろん読んだんだよね?」

「読んでないなあ」

「え!?そんな人いるんだね。あ、全然いいんだけどね」

わざとらしい物言いが、余計に嫌味ったらしい。

西村はこういうところが悪い。粘着質で、余計なことばかり覚えている。そしてされたことは大抵倍にして返す。

「でもさ、女の声で誰か好きって言ってきたってことやろ?」

と俺は微かな期待を抱いて周囲を見渡す。

西村も

「確かに」と周囲を見まわす。

伝達手段がテレパシーからラッパ電話になっただけで、これは確かに、愛の囁きではないか。

いた。

黒髪の美しい美女だ。

が、横に男もいた。ラッパに向かって何か話しているようだった。

同時に、「好きだよ!」と男の声がそばのラッパから聞こえてきた。

視界の先、次は女がラッパに話しかける。

同時に、「私も好きだよ」とラッパから女の声。

「俺も」

「私も」

「好きだよ」

2人で交互に、ラッパに向かって、互いへの愛を叫んでいるらしい。

俺と西村はゆっくりと顔を見合わせ、ラッパから五歩離れた。

「西村くん」

「うん」

「悲しい、なあ」

西村はゆっくりと頷いた。
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