第1話

文字数 790文字

「聞こえる?」

と女性の声が聞こえた。

どこから?

と周りを見渡す。

が、目に入るのは、芝生の上に置かれたラッパらしきものや、いかにも美術品と言った形容しがたいオブジェ、同じサークルの学生、そして虫のようにうじゃうじゃ沸いているカップル。

みんなそれぞれの集団で話をしているようで、俺の聞いた声の主と思しき者はどこにもいない。

そもそも、どこか遠くから聞こえるという声ではない。すぐそばで話されているような、よく響く声だ。

「健太郎?なにしてるの?」
少し前を歩いていた、西村がこちらを振り向いた。

「いや今声がさ」

そこまで言いかけて、やめた。気のせいか。そう思ったのだ。

「いややっぱなんもないわ」

「なんだよそれ。みんなもう入場するみたいだよ」

「おけおけ、ほないこか」

俺は西村の後ろに続いて、入り口に歩き出す。目線の先では。自身も所属するサークルの集団が自動ドアを潜り抜けていく。

自分が個人旅行できていたら、学生の団体客ほどうっとうしいものはないだろう。

21世紀美術館。

多くの大学生にとって、金沢といえばここだ。

兼六園よりも、近江町市場よりも、みんなが絶対に行きたいと口を揃えるのが、ここ21世紀美術館だ。

理由は明白で、最もSNS映えが良いから。いまや、“映え”を気にするのは女子だけではない。

サークル内のほとんど全員がここを観光地として希望した。

「美術館って柄じゃないよね」

入り口まであと少し。西村がこちらを振り返って笑った。

“ほとんど”に俺たち2人は入っていなかった。

「いやほんまにな。死ぬほど興味ないわ。おもろいとかいうやつの気が知れん」

まさか、楽しめるとも期待していないが、二泊三日のサークル合宿の重要なイベントだ。行かないわけにもいかない。

俺たちは重い足取りで入り口の自動ドアを抜けた。
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