妖精さんと夏風滞る秘密基地

文字数 5,296文字

「おとなって……なんなんだろね?」



小さな子供がキラキラな瞳で彼らに問う。彼らはその少年の背より遥かに小さかったそうな。



「おとな?」
「おとななんていないよ」
「むしろこどもがおとな」
「おとながこども」
「ばかみたいにいばってる」
「いばってるくせになにもわかってない」
「むちのちじゃなくてむちのむち?」
「じぶんのみてるせかいだけをかたる」
「だから」
「だから」
「だから」
「おとなはわるものだ」
「こどもがせいぎのみかただ」
「おとなはみんなけんぼうしょうだから」
「おとしものがおおくなる」
「おとなとこどものま~じなるにたつなら」
「ひきかえすな」
「こわれてしまう」
「さもなければ」
「きみはきっとくいころされる」
「しにたくなっちゃう」
「たのしいをしょうそうかんとともにあじわうことになる」
「かれーらいすのにんじんみたいなあそびしかできなくなる」
「だから」

「「だから」」


「「「「「だから!!」」」」」



少年は彼らの告げるであろう”次の言葉”を期待し、汗をかきます。いったい彼らはどんな言葉を聞かせてくれるのだろう、と。わくわくの瞳がときめくのです。
───そして、少年の前に群がっていた()()()()()小人たちが口を揃えて。



「こっちにおいで?楽園(絵本の世界)はこっちにあるよ?」



***



「うわーすごい!!」



木漏れ日が輝く森。ポコポコと光の玉が地面から湧き出てまいります。空と地面が永遠の朝焼けのように、煌々と。
サクサクとスナック菓子をかみ砕くように、少年は大地を蹂躙してゆきます。妖精さんたちが指さす道を歩いている間に、少年は数えきれないほどの虫を踏み殺しました。もちろん、()()()()()()()()

その足が抹消した罪の数なぞ、彼の目には見えない世界の出来事。意識する事無く無意識のうちに蕩けていくのです。



「ようせいさん、ようせいさん。ぼくたちはどこにむかっているの?」



少年はわんぱくに質問します。



「どこ?」
「どこだっけ?」
「たのしいところ」
「えいえんのなつがそこにある」

「おー!?」



それを聞いた少年はますますはしゃぎます。”永遠の夏”というワードにロマンを感じたのです。「永遠、永遠かぁ……」と手をぱくぱくと開いては閉じての繰り返し。これから最高の夏になると言われたもんだから、子供がワクワクしない訳ないんですよね。
彼らわくわく探検隊の道は、森に通ったレールのこと。寂れた鉄の道を歩くというのは子供心を燻るようです。
軌条の上を、某映画みたく無茶して歩く妖精さん。少年はその後ろを、レールを外れて脇を歩いていきました。

新品のジャージは既に汚れていますが、ソレを視認すると少年は、醜悪な笑みを浮かべました。
だって、こうして服が汚れるという事はそれだけ長い間、不思議な空気感が漂う木立の中を歩いてきたというコト。つまりは元居た街とはうって離れているという証明になります。少年は先導する妖精たちに「もうすぐ?」と尋ねました。



「もうすぐかもしれないし」
「もうすぐじゃないかもしれない」
「でもきっとあとちょっとだよ」
「そこにつけばぼくらの楽園」
「きみにとっても楽園」



少年は愉快だと笑いました。



***



さて。時は流れど日は暮れない。空の色彩に変調は見られません。絶対的安定感が張り付いておりました。先頭の妖精団体が足を止めます。そこには一本の大樹が天高く伸びておりました。少年はその童話の世界でしか見た事の無い大樹に興奮を隠しきれないご様子で、妖精さんたちなんて知るものかと、彼らを踏む可能性も考慮せずに木の下まで駆け寄っていきました。

まるでここは夢の世界。「不思議と発見」の都だと言わんばかりに彼は目をキラキラさせます。



「ついたついた」
「ぼくらのひみつきち」
「おとなはけっしてはいれない」
「でもだいじょうぶ」
「きみはまだまだこどもだから」
「ここはたのしいがいっぱい」
「こどもをふりかざして」
「こどもをおうかするがいい」



カタカタと。かわいいお顔の妖精さん方は、こっちへおいでと言わんばかりの手招きを愉快に軽快にやっとります。メルヘンで、けれど、どこかメランコリックな色の洋服を着た妖精さん方は歓喜の舞を踊っております。
その馬鹿っぽさが、たまらなく楽しいと感じた少年。やんややんやと意味不明で滑稽な腹踊り、始めちゃった(笑)



*☆*



すっかり踊り疲れてしまった少年。そろそろ家路に着く頃合いでしょう。もちろん家路は、ここ夢の国たる秘密基地。子供の秘め事は嘘で護るものですから、それと同様に子供の居場所は幻想で隠さねばならないのです!
妖精さんは子供ですから、此処はやっぱり子供の国。子供だけの楽しいだけ。幻想の環境破壊をする大人の影など見られません。万一あっても木陰にかくれんぼさんしてるでしょうね?

じゃあじゃあ?かくれんぼさんは見つけなくちゃいけません。かくれんぼさんが見つかっちゃったら後は鬼ごっこの支度を急いで始めなくっちゃ。でもかくれんぼさんするなら最初から見つかっちゃいけないものなんですよ?



*☆*



大樹の中はまさしく楽園。なにせ上を向いても空がありません。延々と続く螺旋階段の枝分かれには多種多様な娯楽施設が立ち並んでおりました。ドーナツショップ、漫画ばかりの書店、最強の正義のヒーローが矢継ぎ早に悪者を蹂躙するアニメが巨大スクリーンに……など云々。
どこぞのオトナ帝国も真っ青な幻想の世界でした。ここには何せ、()()()()()()()()()()()。まるで永遠の幻が、そこに広がっているようでした。

各フロアでは、飽きず懲りずに妖精さんたちがわんさか遊んでおります。



「なにやりたい?」
「どーなつたべよう」
「まんなかがからっぽのおかしだ」
「きっくべーすやろうよ」
「おかしもきゅうぎもどうじにやらへん?」

「うーん……」



少年は思い悩みます。ここに広がるは無限の幻想。子供なら誰しもが一度は憧れた筈の”楽しい”が溢れた享楽の世界です。ともすれば手あたり次第遊び倒すのが普通というものの。けれど、少年は何をやっていいのか分からなくなりました。
そもそも、自分はいったい、どんな理由で妖精さんたちに近づいて、どんな気持ちでここまで足を運んだのでしょうか?

わからない、わからない。子供特有のないない思考。わからないからやりたくない。したくないからわからない。
陳腐の中の陳腐な倦怠感。少年はそれがなんとなくいけないコトだと分かっていたけれど、その”やりたくない”っていう刹那的感情に流されてやることにしました。

と、少年が思案顔っつー馬鹿顔さらしてた時のこと───大樹の中にて、アラームが突如鳴り出しました。視認できる限りの天井から、オレンジ色のランプが点滅しております。



「なにごとだー」
「あいつじゃね?」
「おとなだおとなだ」
「かげのくにからやってきた、なつかぜだ」
「たいへんだ~」
「ゆーやけこやけでまたあし……」
「「「「おいばかやめろ!」」」」



なにやらただ事では無い様子。少年はその騒ぎの中ぽつんと立ち尽くしておりました。

(……って、あれ?なんだこの既視感……)

天井のオレンジを見てたとこ、そんな感じで、一瞬鋭い思考回路が少年の中で働きました。まるで鏡にヒビが入るみたく、脆くて壊れてしまいそう……。謎の焦燥感を感じつつも、少年は周囲のどんちゃん騒ぎな会話に耳を澄ませます。



「あーあいつか」
「あいつねあいつ」
「もうしんじゃうのね」
「みじかいじんせいでした」

「?ようせいさんもしぬの?」



少年は妖精の一人を捕まえて質問します。すると、相も変わらず笑顔の張り付いた妖精はあっけらかんと答えてくれました。



「そりゃしぬよ。ぼくらはのんびりくらさなきゃしんじゃうもん」
そう言うと───
「まぐろのはんたいですわ」
と茶化した風に、もう一人の妖精さんが例えを言ってくれました。



「ころせー」
「ころせー」
「のすたるじっくしねしねしねー」

「キャー!」



少年が立ち話をしてたとこ、天井から一人の女性が飛び降りてまいりました。不思議の国のアリスみたく神秘的な金髪。絵本の中のお嬢さんみたい。
ですが、彼女はきっと子供じゃない。だって少年、この子を見ていると泣きたくなってしまうから。なんだか彼女の金髪、過去の記憶に既視感があって……。まるで、昔、バカ騒ぎしてた友達だったような……。

その麗人、涙目になりながら叫びまくってる。落ちてきた彼女は四肢を、たくさんの妖精さんに抑えられちゃってて、身動きがとれなくなっていました。


「もう許してよ!!私は私で私以外は私じゃない!こんな世界、狂ってる!!」
「うるさいなー」
「きみにはしゃかいじんにとってじゅうようたるきょうちょうせいがひどくかけている」
「しゅうだんこうどうのわをみだすな」
「きみにはさいのうがないんだからあきらめなさい」
「あきらめてしになさい」
「まじょさいばんだー」
「ひこくにん、しけい!」
「じょうこくします(笑)」
「きゃっかです」
「けんぽうもんだいじゃありませーん^^」

「ただ私は、あの頃の夏を味わいたかっただけなのに!」

「どうやってころす?」
「あいあーんな、めいでん?」
「そりゃひじんどうがすぎますね」
「ともすれば」
「ともすれば?」
「えんどろーるのけい」
「「「「さんせー」」」」

女性の視線は、一瞬だけ少年に向いておったそうな。



***


さぁさぁたのしいパレードの始まりだよ。
ほれほれ全身の力をお抜きなさい。
きっと君は根っこから腐ってしまっているんだね。
ならさ根切り虫を口から放り込みましょう。
ぼくたち不老不死じゃないって知ってるケドさ、でもしぶとい生き物ってお互い分かっている筈なんだよ。
水で肥やしたその大人様は僕たち妖精には不要で不安なモノなんだ。

殺しましょう。瞑りましょう。
ユメ喰い虫の行進だ!死ね死ね死ね。
映画はフィクションなんだからきっと君の人生もそんなもんだよね。君はもう人を脱している。
半端者は生きてけない。僕たちすでにはみ出者だけれど、君には居場所すらない。
さよなら。
さよなら。
さよなら。
サヨナラ。
───おしまい。


***



少年はガクガク震えながらその光景を見ておりました。何でしょうね(笑)詳しく描写するとアレなので自主規制。かくも神々しい空間で繰り広げられる血なまぐさい行い。
子供にはちょっとばかし刺激の強すぎる光景。少年は吐きそうになります。

まぁまぁ処刑の話はおいといて、少年にもう少しスポットを当ててみますと、一人の妖精さんが少年のズボンをつねりました。



「おもいだしたら、だめですよぉ?せきにんとるのがおとなでしょ?」

「おとな?」
少年は今にも泣きそうな顔で尋ねます。

「そうですよぉ?ここにいるようせいさんもみんな”おとな”がしみついていますから」



***



あれから■週ばかり後。少年はまるで何事もなかったかのように、毎日遊びまくってました。外で遊んでも手は洗わないで、疲れたら一休み。楽しいが溢れた娯楽の街で笑顔を絶やしません。
今日も今日とてドッジボールに興じていた少年でしたが、何だかあんまり楽しくありませんでした。

(僕の求めていたものとは違う)

ついにはそう思い始める少年。しかし、この幻想的すぎる世界では、今という固定された時間での娯楽がやめられません。中毒になっているらしいです。
もう何度も遊びを繰り返して、とうに遊ぶ事に飽きてるってのに、何故だか全力で体が遊びたがってます。体と意識がズレてます。油と水。

と、携帯ゲーム機でレベリングして遊んでいた少年の前に、多くの妖精さんが訪ねてきました。



「ろうほうだー」
「ろうほうだー」
「しょうねんよろこべ、きみもようせいになれる」

「ほんと!?」



さっきまでの葛藤は何処?やったやったと踊り始める少年。



「この”ばっち”をふくにつけてみな」
「さすれば、きみもようせいになれる」



太陽がイメージの赤と黄色で構成されたバッチが少年の手に渡ります。



「さんさんひざしがふりそそげば」
「「あ、そーれ!」」
「きみはきっとえいえんのこどもになれる」
「「わーい!」」



そんな歓声を聞きながら少年はバッチの針を服に当てます。これで、ようやく自分は妖精になれる。いつから自分が妖精になりたがっていたのかはついぞ分からなかったけれど、もう何も気にすることはありませんでした。
しかし、しかし。針が服を貫通して、それが留められる刹那───少年の脳裏には「ボロボロの基地」がよぎりました。夕暮れ空。オレンジ。金髪の同い年の女の子。げんこつの痛さ諸々。郷愁が鼻をじーんとさせました。
秘密の恋。秘め事。二人だけの夏。冷涼な夏風。



「あ、やべー思い出しそう……」



そっと、少年の横を夏風が一般通過。その夏風が彼に焦燥感という致命傷を……。

───パチン!

まぁ、妖精さん、そんなコト許す筈ないのですがね。だってこの少年は、一度妖精になると誓ったのですから拒否権なんて無かったのです。
みるみる少年の背丈は縮んでいきます。
触覚は風の調べも忘れて、嗅覚は夏の香りも忘れて。これまでの人生の軌跡は無意識空間に飲み込まれてゆきます。



……かくして、少年は妖精になりました。めでたしめでたし!



***



「えー次のニュースです。昨夜未明、会社員の〇〇さんが行方不明になりました───」
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