第13話
文字数 1,420文字
車へ歩きながら純子が言った。
「ねえ比等志さん、昨日寝る前に言ったこと覚えている?」
「え、何だっけ」
「比等志さんは年上の女性が好みなの?」
「ありゃ、そんなこと言ったっけ? まだそんなに女性と付き合ったことないし、これからだよ、好みなど言うのは」。ハハハと笑ってごまかした。
「フフ、楽しい人! じゃ、靖男さんはどんな娘がタイプなの? わかる?」
えー? 聞いたことないな。直に聞けば、と思ったが、
「たぶん大人しくて、お淑やかな女性だと思うよ」と、比等志はチラリと横を見る。
「お~、よく分ったな」靖男はクククと笑う。
違う。逆だよ。多少無鉄砲な方が好きだ。と、一人呟いた。
車が見えてきた。
純子は靖男を見た。
「ねえ、バンガローまでわたしがナビゲーターになる。助手席に乗っていい?」
言い終わると比等志にも視線を移した。
――あ。
比等志は純子の声が頭の奥ですぼんでいくのを感じた。
自分を頼ってついて来た純子が靖男の方に魅かれている?
何においても靖男の方が自分より優れている。魅力もだ。――そう、解っていたことだ。
比等志は自分を納得させようとした。
「……うん、いいよ」
比等志が先に返事をした。
貸バンガローのあるキャンプ施設はK市郊外にある。三人は一旦K市に戻ることになる。
今度は幹線道路を通って向かった。
後部座席で目をつむっている比等志の頭上を、靖男の低い声と純子の高い声が交互に飛び交う。それは順送りに胸の奥に格納され、次第に咽喉に痞 えてくる。上を仰ぐと、天井がぐらりと傾いだ。すーっと、躰がシートの下に吸い込まれていく。意識は、夢とうつつの間を彷徨 っている。時間の感覚もなくなっていた。
「おい! また警察だぞ」
突然、靖男の声が響いた。比等志は急に覚醒された。胸が圧迫される感覚に、大きく息を吸って耐えた。そして、ため息とともに、胸の奥にある得体の知れない塊を吐き出す。
ウインドウの外に目を向ける。ぼんやりと、その情景が見えた。反対側車線で警察が検問を行っていた。
「スピード違反の取締り?」
純子が言った。「ネズミ捕りっていうんだっけ」
「いや、違うだろう。ネズミ捕りにしては物々しい」と、靖男。
「また事件かな?」
ようやく虚脱感から抜けた比等志が言った。シートから身を起こしている。「昨日パトカーが追いかけていたのが、まだ解決していないのかもしれないな」
三人は検問を右に見遣って過ぎた。
「凶悪事件かな。強盗とか?」
純子は前に向き直って、カーラジオをつけた。それらしい事件は報道されなかった。
K市内のスーパーで肉や貝柱、野菜とビールなどを買った。純子がカートを押して車へ向かう。広い駐車場だ。距離を歩くことになる。靖男と純子は話しながらゆっくり歩いている。比等志はともすれば二人の先になってしまう。買ったものを車に積むと、比等志がカートを返しに行く。自然にそうなった。
どうして、俺が返すのだろう? 比等志はぼんやり思った。言われたわけでないのに……。
比等志は車に戻る。
その二列後ろの車で、電話をかけながら三人を観ている男がいた。目つきのよくない若い男だ。
「……女連れ、いや娘っ子です」
「ん、女連れ?」
少し間が空いた。電話の相手は何か考えているのだろう。
「そいつらのあとをつけろ」相手は言った。
そうか、これはシノギになりそうだからな、若い男は自分で納得して「行き先に着いたらまた電話します」と言って、車を出した。
「ねえ比等志さん、昨日寝る前に言ったこと覚えている?」
「え、何だっけ」
「比等志さんは年上の女性が好みなの?」
「ありゃ、そんなこと言ったっけ? まだそんなに女性と付き合ったことないし、これからだよ、好みなど言うのは」。ハハハと笑ってごまかした。
「フフ、楽しい人! じゃ、靖男さんはどんな娘がタイプなの? わかる?」
えー? 聞いたことないな。直に聞けば、と思ったが、
「たぶん大人しくて、お淑やかな女性だと思うよ」と、比等志はチラリと横を見る。
「お~、よく分ったな」靖男はクククと笑う。
違う。逆だよ。多少無鉄砲な方が好きだ。と、一人呟いた。
車が見えてきた。
純子は靖男を見た。
「ねえ、バンガローまでわたしがナビゲーターになる。助手席に乗っていい?」
言い終わると比等志にも視線を移した。
――あ。
比等志は純子の声が頭の奥ですぼんでいくのを感じた。
自分を頼ってついて来た純子が靖男の方に魅かれている?
何においても靖男の方が自分より優れている。魅力もだ。――そう、解っていたことだ。
比等志は自分を納得させようとした。
「……うん、いいよ」
比等志が先に返事をした。
貸バンガローのあるキャンプ施設はK市郊外にある。三人は一旦K市に戻ることになる。
今度は幹線道路を通って向かった。
後部座席で目をつむっている比等志の頭上を、靖男の低い声と純子の高い声が交互に飛び交う。それは順送りに胸の奥に格納され、次第に咽喉に
「おい! また警察だぞ」
突然、靖男の声が響いた。比等志は急に覚醒された。胸が圧迫される感覚に、大きく息を吸って耐えた。そして、ため息とともに、胸の奥にある得体の知れない塊を吐き出す。
ウインドウの外に目を向ける。ぼんやりと、その情景が見えた。反対側車線で警察が検問を行っていた。
「スピード違反の取締り?」
純子が言った。「ネズミ捕りっていうんだっけ」
「いや、違うだろう。ネズミ捕りにしては物々しい」と、靖男。
「また事件かな?」
ようやく虚脱感から抜けた比等志が言った。シートから身を起こしている。「昨日パトカーが追いかけていたのが、まだ解決していないのかもしれないな」
三人は検問を右に見遣って過ぎた。
「凶悪事件かな。強盗とか?」
純子は前に向き直って、カーラジオをつけた。それらしい事件は報道されなかった。
K市内のスーパーで肉や貝柱、野菜とビールなどを買った。純子がカートを押して車へ向かう。広い駐車場だ。距離を歩くことになる。靖男と純子は話しながらゆっくり歩いている。比等志はともすれば二人の先になってしまう。買ったものを車に積むと、比等志がカートを返しに行く。自然にそうなった。
どうして、俺が返すのだろう? 比等志はぼんやり思った。言われたわけでないのに……。
比等志は車に戻る。
その二列後ろの車で、電話をかけながら三人を観ている男がいた。目つきのよくない若い男だ。
「……女連れ、いや娘っ子です」
「ん、女連れ?」
少し間が空いた。電話の相手は何か考えているのだろう。
「そいつらのあとをつけろ」相手は言った。
そうか、これはシノギになりそうだからな、若い男は自分で納得して「行き先に着いたらまた電話します」と言って、車を出した。