第4話

文字数 2,019文字

 高校受験の日の朝も、彼女にお世話になっていた。2月13日--今でも受験日のことはハッキリと覚えている。午後から受験を控えていた私だが、午前中はいつもと同じように授業があった。3時間だけ参加して、そのまま帰宅していいと前日に指示があったのだ。幼馴染に「今日が受験日なんだ」と言ってあったため、頑張ってと送り出してくれた。
「ありがとう。頑張ってくる」
友人と呼べる人や、クラスメイトたちが「頑張れよ」と言ってくれた。エールを背中で受け取り、軽く手を振って教室を出た。王者の凱旋みたいで、少し楽しかった。
 様々な気持ちが混ざる--何とも言えない気分だった。階段を駆け下りる音も、多少のざわめきがある校内も、全てが凛としていたように感じた。
「おっ、来たきた。白井ちょっと来て」
澄んだ空気の中、聞き覚えのある声がした。なぜか、師匠が玄関に立っていた。芸能人のファンが出待ちしているみたいな光景だ。見間違えかと思って、2、3回見直した記憶がある。
「先生? 何でここにいるんですか」
「良いから良いから。ちょっと来て」
呼ばれるがままに彼女の元へ近づく。すると思い切り抱きしめられていた。
「えっ……ちょ、先生何を……っ?」
困惑する私を他所に、彼女は豪快に笑い飛ばした。初心な反応だと思われたのか。それとも状況を呑めていない私を笑っているのか。よく分からなかった。笑いながら、恒例行事なんだよと教えてくれた。なるほど、師匠考案の、独特ルーティンというものか。
「私にこうされたやつで、落ちたやつはいない」
「……なるほど?」
無意識のうちに緊張していたのだろう。久しぶりに感じた人の体温に、目が潤んだのは秘密である。数分ほどの短い時間、私はされるがままにしていた。暖かくて、緊張が少し和らいだ気がした。落ちたらどうしよう何て考えていたが数分前が嘘みたいだ。どうしてか落ちる気がしなかった。
「よし。頑張ってこい」
「はい……行ってきます!」
頭を下げて校舎を出た。お世話になった2年間分を、受験合格という節目を経て「恩返し」出来ればと思っていた。胸を張って「合格しました」と言えるように在りたかった。

 2月末、合格通知を受け取った私は真っ先に師匠の元へ向かった。合格という結果を聞くや否や、彼女は自分の事のように喜んでくれた。自宅で内定通知を見た段階では「良かった」という安心感があっただけだった。けれど、彼女の元で結果を共有して初めて「受験に合格したんだ」と思えた。
「良かったじゃん! アンタの頑張りのおかげだな」
「……っ、はい! 先生のおまじない、効果絶大ですね」
冗談めかして返事をすると、彼女は笑った。
「絶対受かるって言ったでしょ?」
「そうですね!」
2人揃って笑った。嬉しかった。何よりも嬉しかった。普段は言えなかったような本心も、この時はするりと出てきた。朝から泣きそうになるほど嬉しかった。
 2年間という時間、彼女にお世話になった。本当に感謝でいっぱいだ。いつか会える日があるなら--その時は「ありがとうございました!」ともう一度お礼がしたい。


***

-あとがき-

ここまで読んで頂きありがとうございました。オチがあったのか、無かったのか……何て考えながらこの「あとがき」を書いております。現実にあったエピソードなので、作られた物語のような完璧なオチはないですね。
 中学校時代は本当に壮絶だったと言っても過言ではありません。高校生時代はそれを遥かに上回る地獄がありましたが……ちゃんと高校は卒業しています。安心して下さい。

 さて。中学校時代の頃の話に戻りまして、師匠との出会いで私の人生は変わりました。国語の教科担任だったのですが、成績がすごく良くなったんです。1年次は平凡な評価を頂いておりました。特典も人並み。ずば抜けた得点では無かったです。2年生から先生が変わり、授業がすごく楽しかったんです。面白いし、授業が楽しみになっていました。得点の目安として、1年生の得点に+30〜40点くらいが取れるようになっていました。自分でも驚きでした。教え方が上手くて、細かく解説もしてくれました。『大切な部分+その意味や使い方の例』とセットで習うので、すんなりと頭に入ったのを覚えています。

 他者にあまり興味がなく、どこかぼんやりと過ごした学生時代が多い私です……が、人として、先生として"心から尊敬出来る人"に出会えたんだと思います。芯がしっかりとしていて、前向きで。時々見えたギャップが愛くるしい先生でした。そんな彼女のことを今でも師匠と呼んでいます(勿論心の中で、ですが笑)。
 当時使っていた家庭学習ノートには、師匠とのやり取りが残っていました。見返してはクスッと笑えます。懐かしいなーと思いつつ、回想に浸ってしまいます。

先生のことは師匠と呼んでいたいこの頃です。
何年経っても大好きな先生です。本当にありがとうございました! この場をお借りしてお礼とさせて頂きます。
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