04 ミノムシ少女

文字数 1,118文字



  ミノムシ少女は鬱々と生きている若者の部屋に棲みつく生き物だ。部屋が汚なく散らかっていればいるほど、ミノムシ少女が出現する可能性は高くなる。少女と名はついているが人ではなく、昆虫の一種である。だが大きさは人間並みだ。
 鬱々と暮らしている若者は、暗い雲がどんよりとたれこめる冬のある日、ペットボトルやコンビニ袋が散乱している床の片隅に、何やらサンドバッグのような物体が転がっているのに気がつく。驚いた彼が近寄って見ると、空き缶やラーメンの袋や新聞紙などがパッチワークのように寄せ集まって、大きな筒形の塊になっている。その端を見て若者は二度びっくりする。なんとそこに若い女の顔がくっついているではないか。顔は無言のまま彼を見つめている。
 雑多な色のゴミ屑に縁取られた女の顔はあどけなく美しい。歳のころは十六か十七あたりか。額と頬は陶器のように白く透き通り、大きな黒い瞳が若者に謎めいた視線を投げかけている。
 だが少女の顔はいくら呼びかけても表情を変えず、小さな桃色の唇は閉じたままだ。手足を持たない生物は、ゴロンと床に転がったまま動かない。なお、この無抵抗な存在に不埒な行為を働こうとしても無駄である。ミノムシ少女が身に纏っているゴミ屑は、皮膚のように体に密着していて脱がすことができない。それに、体を指で押してみるとブヨブヨとした感触が返ってきて、蓑の下にあるのが少女の裸体ではなく大きなイモムシだとわかるのだ。若者は立ち尽くし、鬱々と考える。これは何かの罰だろうか。
 しかし、この人面の生き物をゴミに出すわけにもいかない。それに鬱々とした若者は、往々にして自分の皮膚の外にあることには無頓着なものだ。彼は特に害があるでもなく、食べ物をねだるでもない生き物を、なんとなく部屋の隅に放置しておく。そのまま何日かが過ぎると、ミノムシ少女は何の違和感もなく、すっかり部屋の一部となってしまう。自然ななりゆきで、ある種の情が芽生えてくる。若者は物音ひとつしない深夜、瞬きもせずに自分を見つめている少女の顔を眺めながら考える。この一切の能動性を拒絶する生き物こそ、自分のような者には相応しい相手なのではないか。いっそこいつと結婚してしまおうかとまで、彼は思い詰める。若さの持つ特権である。
 そして数ヶ月の後、妖しく重苦しい思弁が最高潮に達する木の芽時に、別れが突然やってくる。真夜中、ミノムシの体が少女の顔ごと真っ二つに裂け、中から大きな蛾が這い出してくるのだ。蛾は灰色の羽をバタバタ打って狭い部屋を飛び回る。煤のように真っ黒な鱗粉がそこら中に降りかかる。若者がたまらず窓を開けると、巨大な蛾は闇夜の中へと飛び去ってゆく。彼はますます鬱々となる。
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