高校生とシバ犬の場合

文字数 1,188文字

 その日はバレンタインで、朝から雪が降っていた。チョコやお菓子が街中いたるところに所狭しと並び、甘い香りがパッケージを突き破って闊歩している。けれど寒さはひとしおで、中和されることは決してない、そんな二月十四日だった。
 さて、とある墓地にもバレンタインの贈り物は訪れていた。駅からほど近い住宅街にある墓地で、いつも静かな場所だ。ある墓石の前には、真紅のリボンでラッピングされたチョコレートの箱と、薔薇の花束が供えられていた。住宅街の住人で駅に向かう者なら誰でもこの墓地の前を通るから、多くの人がその供え物をこの日見かけることになる。
 最初に見つけたのは、犬の散歩で墓地の前を通りがかった高校生だった。この高校生は毎朝毎夕愛犬の散歩で墓地の前を通る。愛犬はシバ犬である。雪が積もってうんざりしている飼い主とは裏腹に、シバ犬は元気に前足と後ろ足で雪をかき散らしていた。
 赤いリードが雪の白さで引き立つなか、犬の後ろを着いていく。これだとどっちが散歩させられているかわからないな、と苦笑しつつ、雪で電車が止まりませんようにと祈っていると、目の端にリードとは別の赤いものが見えた。なんだろう、と入り口から覗いてみると、大きなリボンが巻かれた箱と大輪の真っ赤な薔薇の花束が、小さな墓石の前にひっそりと供えられていた。この墓地には異質な光景に興味を持った高校生は、墓石の前に向かった。シバ犬は突然のルート変更に不思議そうな顔をしていたが文句はないらしく、嫌がることなく一緒に来た。
 小さいころ近所の友だちと虫取りのために入ったことはあるが、今となっては近くを通るだけの特に馴染みのない墓地だ。
 綺麗にラッピングされた透明のケースに入ったチョコレートはどれも小ぶりで、繊細な模様が表面に描かれた、一目で高級だとわかるものだった。その隣に置かれた花束はいったい何本の薔薇でできているのか。二十を超えたあたりで高校生は数えるのをやめた。
 こんな大きな薔薇の花束を見るのは初めてで、冷たい墓石なんかに置いておくにはもったいない気もする。
 もっとこう、キャンドルで室内を照らしたロマンティックなレストランとか、映える花瓶とか、飾るのにふさわしい場所はいろいろあるのに。
 高校生は愛犬が薔薇に近づかないように、リードの根元を持った。万が一、棘があったら大変だ。
 もう一度チョコをよく見てみる。やっぱり美味しそうだ。確か今日はバレンタインだから昼休みにお菓子パーティーをクラスでするってクラスメイトが言ってたっけ。家にあるポテトチップスを持っていけばいいや。
 そろそろ散歩に戻ろう。こんな天気だし、今日は早めに家を出ないといけない。高校生はにおいを嗅ぎながら墓石の周りをぐるぐる歩いているシバ犬に「ほら、行くよ」と声をかけ、墓地を後にした。
 人一人分とシバ犬の足跡が、雪が積もった地面にくっきり残った。
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