洋菓子店の者の場合

文字数 663文字

 チョコは好きかと聞かれたら好きだし、もらえるならもらって食べたい。
 けれど、今は、しばらくはいい。
 洋菓子店に務める身にとっては、バレンタインはそんなシーズンだ。製造には携わっておらず、出来上がった品を売りさばいていくだけでも、チョコの甘い匂いが鼻先にまだ残っている。おそらく数日は引きずるだろう。利益や給料面からすればチョコレート様々であるが、精神的疲労はチョコよりもねっとりまとわりついている。今夜はもう家に帰って休むだけだが、バレンタインが終わり、きっぱりホワイトデー仕様に切り替わる明日のことを考えると足がのろのろとしか進まない。
 せめて、この夜がずっと続いてほしい。お腹はちっとも減っていないが、しょっぱいものを一晩中ずっと食べていたい。おつかれ自分。
 眉間に皺を寄せる活力すらないのに、それでもなんとか目を開いているとキラキラ輝くものが目に入った。うん? と吸い寄せられながら近づくと、ふわりとスイーツとはまた違った甘い香りがそっとまぶたをくすぐった。
 墓の前に横たわった薔薇の花束は、疲れきった心身にしみた。まさかこんなところに癒しがあるとは。
 これ以上見つめていると眩しさに目が焼けそうで、さっさと退散することにした。なんだか食欲がもりもり湧いてきた。疲労困憊の時はやはりカロリーだろう。早く帰って冷凍チャーハンを山盛り食べよう。
 山盛りチャーハン、山盛りチャーハンと口ずさみながら帰るこの者の眼には、花束の近くにあるチョコレートの包みには気がつかなかった。今日、この者自ら店頭でリボンを巻いたにも関わらず。
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