第6話 完結

文字数 1,489文字

 他人の空似? だが、そんな偶然なんてありえるのだろうか。
 真偽を確かめるため、今度は田宮瞬の画像を検索してみる。映し出された画像は、馬淵が知っている瞬とは似ても似つかない、まったくの別人だった。
 これは一体どういうことだ。混乱のあまり身体が震え、気を失いそうになった。
 そこで、ふと瞬と名乗った少年の言葉が頭をよぎる。

 ――



 あの話が、もし本当だったとしたら……。
 馬淵は悪寒を憶え、身震いをした。彼は親友を殺したと言った。その親友こそが本物の田宮瞬だったのではないだろうか。昨日、あの公園に来る前に、青嶋富士夫と田宮瞬は河川敷で遊んでいた。そこで富士夫は弾みで瞬を死なせてしまった。パニックに陥った富士夫は、夢中で川へ流したのだろう。その後、どうしようもなく公園に来ると、今にも消え入りそうな、情けない姿の中年男がいた。そこで彼はその中年男を利用しようと思いついた。狂言誘拐を持ち掛けることで、田宮瞬殺害を誘拐犯の仕業に見せかけようとしたのだ。富士夫は瞬の親友だから、田宮家の内情にも詳しかったとしても不思議ではない。まとまった現金や、拳銃を金庫にしまっていることも、事前に聞かされていたのだろう。そのうえ携帯も本人から盗んでいたとしたら――。
 つまり馬淵は、青嶋富士夫にいいように利用されたに過ぎないのだ。田宮邸に向かう橋の途中で見せた陰鬱な表情は、その時のことを思い出していたとすれば納得がいく。
 すべては憶測にすぎないが、馬淵にはそれが真実に思えて仕方がなかった。
 このまま警察へ向かい、全てを洗いざらいぶちまけようか――。
 だが、いざ腰を上げると、瞬の――いや、青嶋富士夫の屈託のない微笑みが脳裏をかすめ、どうしても足が動かなかった。今さら真実を話したところで何になる。田宮の両親は気の毒に思うが、かといって親友である富士夫に罪を背負わせるのは残酷だ。例え事故であることが認められたとしても、誘拐の罪は決して軽くはない。それが狂言だとしてもだ。
 それに富士夫は未成年だから実刑をくらうことはないだろうが、馬淵はそうはいかない。身代金を返却しようとも、五百万はすでに借金の返済に回していた。仮に全額、田宮に返したところで有罪は免れまい。この先、何十年も刑務所で暮らすなんて、まっぴらごめんだ。
 事件のことは墓まで持ち込むと決意を固め、馬淵は虚ろな足取りで公園を後にした。
 
 あの凄惨な事件から五日後。帰宅してくつろいでいた馬淵のアパートのドアが鳴った。この部屋に人が訊ねてくるのは、借金取り以来だ。
「どちらさんですか?」
「警察の者です。ちょっと話を伺いたいのですが」
 反射的に体がのけぞり、足が震えだす。警察が聞き込みに来るのは想定していたし、自分があの事件に関係したという証拠はないはずだ。心構えは充分だったつもりでいたが、いざ、こうして訪ねてくると、やはり動揺は隠しきれない。
 ためらいがちにドアを開けると、いかにも刑事然とした二人の男が立っていた。ともに怪訝な目つきで、警察手帳を手早くかざす。
「先日発生した誘拐殺人の件でお聞きしたいことがあるのですが、少々お時間よろしいでしょうか」
 まさか断るわけにもいかず、出来るだけすまし顔を繕いながら靴を履き、表に出た。
「事件のことは知っていますが、わたしは何も知りませんよ。一体何を訊きたいんで……」
 その時、馬淵は二人の刑事たちの後ろに、もう一人の男の存在を視認した。その途端、背筋が凍り、嗚咽が漏れそうになった。

 三人目の男の手には、見覚えのある黒いビニール袋が、しっかりと握られていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み