第5話

文字数 1,700文字

 一夜明けた。
 大金を得た興奮と、犯行が露見するんじゃないかという不安が混在し、昨夜は一睡もできていない。朝イチでテレビをつけ、ニュース番組を一巡するも、誘拐に関する事件は流れなかった。念のため、携帯のニュースサイトをつぶさにチェックするが、こちらも同様だった。
 ほっとしたのも束の間、馬淵はアパートを出ると、午前中からサラ金の事務所に出かけ、借金を全額返済した。応対した受付嬢は目を丸くしながら金の出所を尋ねてきたが、競馬で大穴を当てたと大嘘をついた。奥のテーブルで煙草をふかしていた借金取りの男たちも、馬淵のやり取りに気づいたらしく、訝し気な視線を向けてきたが、彼らは何も言わず、苦々しそうに唇を曲げていた。
 晴れ晴れした気分となり、久方ぶりに贅沢しようと、個人経営の小さな焼肉店の暖簾をくぐった。昼時だというのに、店内には客がおらず、馬淵はメニューを開くなり、片っ端から注文した。
 特上カルビに腹鼓を打っていた時のことだ。天井隅に設置された液晶テレビを横目でチラチラ見ていると、昨日の誘拐についてのニュースが目に飛び込んできた。それ自体は予期していたので、ついにきたかという心境だったが、キャスターの発言は、食べかけのカルビが箸からこぼれ落ちても気づかない位に震え上げさせた。
 『……昨日、田宮逸郎氏の長男である田宮瞬くんの誘拐事件があり、先ほど、遺体となって発見されました。警察の発表では、自宅から六百メートルほど離れた万代川の河原に、瞬くんとみられる死体が発見され、両親が確認したところ、間違いないと証言したそうです。容疑者とみられるサングラスの男は、昨日、田宮逸郎宅を訪れ、金銭五百万円を要求すると……』
 あとの内容は全く覚えていない。気が付くと、馬淵は店を出て、昨日の公園に足を向けていた。
 公園に着くやいなや、昨日と同じベンチに腰を下ろし、両手で頭を抱える。瞬の陽気な笑顔を思い出すと、涙がとめどなく流れた。
 まさかそんな……。
 混乱していて何が起こったのか、整理するのさえもためらわれた。だが、腕は自然と携帯を取り出し、指は事件について検索を始めると、様々な新情報が転がっていた。
 瞬の遺体が発見されたのは今朝八時過ぎ。河川敷を捜索していた捜査員が川面に不審な物体が浮かんでいるのを見つけ、回収したところ、子どもの死体だったということだ。死因は当初、溺死と思われたが、その後、脳挫傷と判明。後頭部を強打された痕跡があり、少し離れた河川敷には血痕のついた凶器とみられる石が転がっていて、田宮瞬のものと思われる血液が付着してあった。死亡推定時刻は昨日の午後一時から四時の間。田宮夫妻が瞬と携帯で会話したのが三時頃だったので、電話の直後に殺されたと推定される等々……。
 少し落ち着きを取り戻し、冷静になって頭を巡らす。
 昨日、別れた後、瞬は自宅へは戻らなかったのだろうか。それとも、帰宅途中で誰かに連れ去られ、その人物に殺害されたのか。それにしてはタイミングが良すぎる。狂言誘拐の件はあいつと俺だけしか知らないはずなのに、そんな偶然あるはずがない。かといって瞬が誰かに打ち明けたとは考えにくい。もし、誰かに話して、それが両親の耳に入った時のリスクを思えば、他人に漏らしたりはしないだろう。
 仮に第三者が、馬淵たちの犯行を知っていたとしても、瞬を殺害するメリットはない。
 では、誰が、どんな理由で――?
 馬淵は情報を追い求め、ひたすらに検索を続ける。ほとんどは根拠のない憶測や、田宮夫妻への同情、あるいは管理責任を問うような、取るに足らないものばかりだったが、その中で唯一、目を引いたものがあった。それは田宮瞬の同級生へのインタビュー記事だった。
 『瞬くんとは、一番の仲良しでした。彼はとてもやさしく、クラスでも人気者でした。そんな彼が誘拐されたうえに殺されたなんて、とても信じられません。犯人が憎いです。自首して罪を償ってほしいです』
 馬淵は携帯を落としそうになった。
 もっとも親しい友達として紹介された、この青嶋富士夫というクラスメートの顔写真は、


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