第1話 春の休暇

文字数 722文字

日本の萌原市にある製薬会社、クレセント製薬の営業兼管理職の潮見達郎と、研究開発員の長尾聡(ながおさとる)は恋人同士である。同僚たちも二人の関係を知っている。春に、叔父と甥くらいの年の差の二人に珍しく時間ができ、奇跡的にスケジュールが合ったので、高原の貸し家を借りて、一週間ほど一緒に過ごすことにした。

「別荘というほど立派ではないので『貸し家』です」と予約した聡は説明した。



「ああ、いいじゃないか」と潮見は満足そうである。みどりの木々に囲まれ、周囲にほかの「貸し家」はなく、テラスも付いている。二人はリュックで当面の食料を運び込み、街で買ってきた肉と野菜を手早く携帯用コンロで焼いて、ビールで乾杯した。シャワーを浴びて、着替える。ネットとガスはないが、水道と電気は通じていて、小さな冷蔵庫もある。

作り付けの寝台は一つしかなく、大きくない。
二人にはやや窮屈だが、我慢できないほどではない。
何より、一緒にくっついて寝られるのが二人ともとても嬉しい。
お互い昨日まで働きづめだったので、普通に寝間着を着て寝ている。
ログハウスの窓から、白い薄手のカーテンの奥に木々と丸い月が見える。

「この高原には毎年、いろんな種類の小鳥が訪れるそうです。姿だけでなく、歌声もきれいな。そろそろ鳴き出す頃だから、明日にも聞けるかも知れませんよ」
と聡が言った。
「それは素敵だね。毎日車に乗ってあっちこっち移動ばかりしているから、鳥の歌声なんかまったく縁がないから」
と潮見。
言いながら、聡を自分の胸に寄せて、今夜はぬいぐるみのクマのように抱く。
聡も目を閉じて、ぬいぐるみのクマのように抱かれる。

高原の夜は静かで、まだちょっと冷えるからか、虫の()もしない。
まだちょっと寒いからかな、と聡は思った。






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