第4話

文字数 8,382文字

 兄の葬儀には親戚が駆け付けた。父方の祖父母はすでに他界しているため、父の三人の妹たちとその子供等(私にとってはいとこ)、母方では妹である叔母とその夫、そして祖父母が並んだ。しかしいずれも兄にとっては疎遠になっていた人たちだし、私も、大学進学後は一切会っていなかった。
「佳子ちゃん」
父方の叔母・翔子が私に声を掛けた。
「おばさん。お久しぶりです。」
「久しぶりの再会がこれってねぇ…。本当にご愁傷様です。」
「あ、いえ…」
「佳子ちゃん、元気にしとったけ?」
「まぁぼちぼちです。」
「…あんまり悲しそうじゃないねぇ。」
「…いえ、そんなことないですよ。」
そういってその場を離れた。この叔母は昔から苦手だ。

 悲しいわけあるか。私にとって兄はずっと邪魔な存在だった。私が実家を出て、地元を離れ、やっと自分の生活ができたと思えた、やっと自立できた、あの家から解放されたのだと思っていた矢先がこれだ。いつまで経ってもあいつとこの家は私を離してくれない。油断するといつでも私をここへ引き戻す。
 
兄の死について父に詳細を聞いた。知っておくべきだと感じたからというのもあるが、興味の方が強かった、
「うちの夕食はいつも夜六時で、母さんと俺と大幹の三人、揃って食べるのが習慣だった。」
六時に夕食か。親がもう年寄りなのだと分からせる一言だった。
「あいつは契約社員で残業もないし、定時は五時。仕事が終われば全く寄り道もしないでまっすぐに帰宅するような子やったが。まっすぐ帰ってこれば五時半には家におるが。」
「友達と飲みに行く、みたいなことぐらいはあったやろ。たまには。」
私は回答を分かっていて聞いた。
「いや。あいつ、友達おらんが。飲みに行くとか遊びに行くとかそういうことができる人。職場の人とは普通に話すみたいがやけど、それでも外で会うとかも一切ないが。あいつと生活しとったらそんな感じなんわかっちゃ。」
「ふうん」
そういう対人関係について両親が兄に追求しない理由はなんとなく察しつつ、それでもその甘さに苛立ちを覚えた。
父は続ける。
「でもあの日、夕飯までに帰ってこんかったが。電話もLINEもないが。でもあの子ももう三十超えとるし、なんか職場の人と話し込んどるんかな、ぐらいに思っとったが。」
なんて能天気で前向き、というか都合よく考えているのだろう。過去にあんなことがあったのに。
「でも夜中なっても帰ってこんし、連絡もつかんくて…。直接の上司の人に俺から連絡したがやけど、もう社員は全員帰ってるって…それで嫌な予感がしたんよ。まず警察に連絡して捜索願を出したがやけど」
大幹の現在の職場は製薬会社で薬品の工場でラインを担当している。正直具体的な業務内容は全く知らない。しかし、その製薬会社には父の高校の同級生が勤めており、経営陣の一員でもある役職付きの人だった。その人に父が頼み込んで面接してもらい、契約社員として雇ってもらったのだ。ご縁があって、などとそんな綺麗なものではない。コネ入社と何ら変わりない。その話を以前に聞いたときは絶望した。こんな身近に、努力を放棄して親に頼って就職するような奴がいたとは思わなかったからだ。
「それで?捜索してもらって出てきたがやろ?」
「そう」
「遺体が?」
「…そう」
「死亡推定時刻は?」
「帰ってこんかったその日の三時。なんか職場の人が言うには午後に休み取っとって、一時には会社出たがやって。俺らそんなん聞いてなかったから…なんか…計画的やったんじゃないかなって警察の人も言うがやちゃ。」
父の瞳に涙が浮かぶ。
計画的に自殺を実行したということ?あの大幹に限ってそれはなかなか考えにくいな、と思ったがそれは口には出さなかった。しかし私は、父を追い込むように違うことを口をはさんだ。
「個人的な見解やけど、自殺するような人って前日とか数日前とかになんかそういう兆候というか暗い雰囲気とかあったりするもんじゃないん?そういうのは感じんかったん?」
「うん、いつも通りやったと思うよ。」
「そう。話してくれてありがとう。」
「あんたの方には連絡なかったけ?」
「え?」
「大幹から。あんたに。」
「まさか。あるわけないやん。まずお互い連絡先知らんし。」
「いや、大幹にはあんたの連絡先は教えておいてたんよ。だから…。知らんがならいいが。」
「…なんで勝手に教えてんの?」
「私ら親の身に何かあった時の為やちゃ。」
そうだとしてもかなり虫唾が走った。身震いした。兄が私の連絡先を知っていた?連絡先を登録していたかは兄のスマホの中身を確認しないことには不明だが、兄は私に連絡をしようと思えばできたのだ。ただ、近年は防犯意識が高まっているためか、私は知らない電話番号からの着信は呼出しが切れるまで放置し、着信履歴から電話番号をインターネットで検索する。調べてみると大手キャリアからの営業電話だったり、保険会社だったりすることがある。そういう場合には折り返しはしないのだ。だから仮に兄から電話があったとしても、兄の電話番号を登録していない私はまず電話に出ることはないだろうし、電話番号を調べても一般人の番号などインターネット上には出てこない。となると私はいたずら電話かと思って折り返しはしない可能性の方が高い。私がそういう意識であることもこの両親は知らないのだ。知ろうともしなかった。
「…ちなみに帰ってこなかった日の前の日とか、どんな様子?普段通りだったからといっても覚えていること全部話してみて。」
「うん。それについては母さんも入れて話そう。」
そう言って父は憔悴している母のもとへ歩み寄った。私も父の後ろに続く。母は息子を自害で失って顔面蒼白、死んだような血の通っていない顔をしていた。父がかあさん、と声を掛けると、母は影を落とし、くぼんだ目をこちらへ向けた。母はかろうじて聞こえた細い声を発した。
「…佳子…」
「うん」
「来とったが」
「うん」
私はこの女が昔から苦手だ。
「母さん、大丈夫か?少し三人で話せないか?」
「ああ、うん。」
「大幹のこと。自殺って聞いてるけど、帰ってこなかった前日とはその週とか、なにか違和感とかなかった?」
私は刑事気取りで母にストレートに尋問する。
「そんなん普段と変わらんちゃ…。警察の人にも言うたがやけど、本当に突然のことでわたし…」
父が口を挟む。
「警察も自殺として処理しとる。やっぱりこの話はやめよう。」
私は白けた。休日も家にずっといるような兄だ。この両親と過ごした時間が最も長いのに、その一緒に過ごした両親が何の異変にも気付かず、兄も気付かせず、自殺を遂行した。そんな器用なことが果たしてあの兄にできるのか?私はかなり疑問に思ったが、その疑問を口には絶対に出さなかったし、これ以上の尋問は変に飛び火するかもしれないと思った。面倒事は勘弁だ。私はこのあと実家では何も、一言も話さなかった。
 兄の葬儀は滞りなく完了した。葬儀には親戚の他、兄の職場の人が数人のみ来たが、友人と見えるような人は誰も姿を見せなかった。そういえば彼は来なかった。実家の近所に住むヤスヒロ君だ。私が認識している唯一、兄と交流があった兄の同級生だ。ヤスヒロ君は小学校と中学校で兄と同窓だったはずだ。小学三年生ぐらいまでは私も一緒になって家でゲームをして遊んでいた記憶がある。最も、私は彼らがゲーム画面に向かう姿の後ろで話し掛けていただけだったが。ヤスヒロ君は二人兄弟の長男で、兄と似たような野暮ったい外見に小学生の時から眼鏡をしていた。成績優秀だったヤスヒロ君は、兄よりも偏差値の高い進学校の高校へ進学した。そのため彼らの交流は中学卒業を機に途絶えたように見えている。ヤスヒロ君は兄の死を知らないのだろうか。しかしながら、私も彼が高校進学後、どういった青春を、どんな生活をしていたのかすら知らないのだから、期待をしてはいけない。兄は本当に孤独だったのだということがこの葬式で証明されてしまった。私は兄の死なんかより、兄が本当に孤独で誰とも交流が無かったことが恥ずかしかった。

父も母も、兄は疾走する前日まで普段と何ら変わりないと言った。しかし私はその言葉があまり信用できなかった。この両親だ。とくに母。私は昔からこの女の言葉が信用できなかった。なぜならこの女が私を尊重しないからだ。
 私が小学三年生のとき、地域のスポーツ少年団の女子ミニバスケットボールチームへ入った。その前にはスイミングスクールにも通っており、前述したが、足も速く、運動神経がいい少女だった。しかし母はそれをあまりよく思っていなかった。帰宅は遅く、運動しているから食事量も同世代の女子児童と比較するとよく食べる子供だった。母はいつも、私を「お金のかかる子ね」と嫌味たっぷりに私にその言葉を放った。さらに母は父の母である義母と関係がよくなかったように子供の目には写った。義母が善意で持ち寄る南瓜の煮付けを笑顔で受け取っておきながら、義母が去ると、無言でゴミ箱へ捨て、それを見た私に「今見たもの、絶対に誰にも言うな」と鋭く睨んで脅した。職場の文句や愚痴も日常茶飯事で食卓の話題はそればかりだった記憶だ。「お金がない」も口癖で、もっと節約できたらいいのに、なんて私とふたり車の中で言ったこともあった。母は私の習い事の発表の場に来たことがない。スイミングスクールの試合の日も、書道の作品発表の日も、ミニバスケットボールでは小学校の卒業を少し後に控え出場最後の大きな試合の日も、母は応援にも来なかった。認知はしていたようだが。当時から私は不思議に思っていた。なぜ母は、金がかかると文句を言いながらも私に習い事をさせていたのか。褒めたことも、応援に来たこともない母。何を考えていたのか見当もつかなかった。しかし、中学でその理由がおおよそ分かって絶望した。母は兄を溺愛していた。私は母が間違っていれば、言葉が強ければ、父に対してあたりが強ければ、その時その時で「そんないい方しなくていいんじゃないのか」「そうなった原因はお母さんにもあるんじゃないのか」と指摘していた。それが気に食わなかったのだろうか。兄は何も言わず、友達とも遊ばず、成績だけはそこそこ良くて、いつも家に居るような男だった。母にとってみれば、優秀で、金もかからず、自分の話に賛同してくれるような自分の分身。それだけで母は兄を贔屓した。兄を称賛し、兄を迎合した。そして私を兄と比較して下に見た。お兄ちゃんはできるのにあんたはできないなんて恥ずかしい、お兄ちゃんと比べてあんたは可愛くない、などは聞き飽きる程聞かされた。兄妹比較に態度差別、私が母を、あの女を遠ざける理由には十分だろう。兄の中学進級を機に、幼い私はあの女をどんどん軽蔑していくことになる。
 時が経ち、兄は高校卒業後、高知大学へ進学が決まり、実家を離れることとなった。当時私は高校二年生になった。兄のいない家。夕食はひとりで摂ることが増えた。高知大学は理系の学部が多い国立大学だった。しかし田舎にあるキャンパスなので、車は必須。兄は両親から車を進学祝いに贈られた。しかしその車であの騒動が起こってしまう。

 私が大学二年、兄が大学四年生になったその年の十月、二十歳になった私はすでに母とは距離を置いていた。進学先は大阪の私立大学。大阪へ転居し、一人暮らしを謳歌していた。連絡も年に二・三度、母から(または父から)連絡がある場合に返事をする程度だった。それが居心地よかった。あの日はどんよりした雲で空が覆われていた。私はテレビで音声を聞きながら、授業の課題を適当に処理していたと思う。電話が鳴った。当時にはすでにLINEが普及し、電話が鳴ることは待ち合わせで迷ったときか、急ぎの時ぐらいにしか鳴らなかった。だからこの電話の音には嫌な予感はしていたように思う。応答ボタンを押す。
『なに?』
私は面倒そうに第一声をあげた。
『佳子?あの…、今ね、えっと…はぁーはぁー。あのね、少しね』
母は慌てた様子で落ち着きがなかった。
『え、何?何があったの?落ち着いて説明して。』
私は母を心配した。
『大幹が…。今高知の大幹が住んどるアパートの大家さんから電話があって…。大幹がアパートの駐車場で、自殺を図ったって連絡があって…わ、わたしどうしたらいいがけ』
これには私も仰天した。自殺?あの兄が?母からの愛情を一身に受けてぬくぬく育ったあの男が?何を理由にそうなったのかが不思議だった。それが私の最初の感想だった。
『まじで?警察からは連絡あった?』
『今、お父さんが警察の人と話しに行くって先に高知に向かったが。』
『うん』
『あんたも来れるけ?』
『え』
『私も高知向かおうと思うがやけど、ひとりは心細くて…あんた緊急事態やぜ。来てよ。』
半ば強制だった。こんな時ばかり頼りやがって。私はかなり苛ついてしまった。母にも、兄にも。苛ついた様子が声に滲んだかもしれない、とはっとしたが、私は一応了承して高知へ向かうことにした。
 母とは新幹線の中で落ち合った。母は自由席で乗車したが、その時は指定席も予約でいっぱいで、車両を繋ぐ結合部にも人があふれていた。そのあふれる人たちの中に私と母はいた。私は落ち着かない母の顔をたまに見ながらめくるめく速さの田園風景や山間の緑の景色をぼうっと見ていた。私が兄のように自殺を図っても、母はこんな顔をするのだろうか。ふと疑問が浮かんだ。母を一瞥する。肩が震え、手を合わせて誰かに何かを祈るような構えだ。そんな慈悲深い女ではないだろうお前は、なんて心の中で軽蔑した。母は私を時々、あんたは本当に都合のよくことを運ばせるね、と皮肉った。その時の言葉がこの時に思い出された。
 高知までは岡山駅で乗り換えが必要だった。四国というのは新幹線が通っておらず、高速バスか飛行機で直接行くのが都合だ。しかしその時ばかりは飛行機を待つ猶予すらなかったのだ。岡山で乗り換えたのち、高知駅へ到着したのはもう夕方になっていた。日暮れも間もなく、といったところだ。駅でタクシーを拾い、兄が住んでいたとされるアパートへ向かった。私は兄が住んでいたところへ行くのどころか高知県にも初めて行ったのだ。兄のアパートまでタクシーで小一時間かかった。移動だけでうんざりしていた。その間、母と私は特別話をしなかったが、少し落ち着いたのか疲れたからか、タクシーの中で母が私へ聞いた。
「ねぇ。あんたは」
「え」
「あんたは大学で友達おるが?」
「おるに決まってるやん。ていうかこないだ、友達と遊びに行ったって話しなかった?」
「あ、うん、そうやね。そうだよね。」
大学二年生だった当時の私には、大学の同期、授業でたまたま仲良くなった先輩、サークルの仲間、アルバイトの従業員たち、そして恋人もいた。今でも関係性が続く人が多く、自分は友達にはかなり恵まれたと思っている。しかし母がそんなことを聞いてきたことにふたつ、感じることがあった。ひとつはこの女は私の話を一つも覚えていないのか?という疑問だ。先日友人の話をしたばかりなのに、友達はいるのか?なんて、聞き方がおかしいのではないのか?と女の知性を疑ってしまう。もうひとつは、兄には友人がいないのだな、という直感だ。なぜ気付かないのだろう?兄には、中学の頃からもはや友人といえる人はいなかったし、兄自身に友人を作る能力も、孤独でいることに耐えられる独立心のようなものが無いことは高校生の時には明白だったのに。口を利かなくなった私ですら感じ取っていたことを、この母は感じられなかったのか?兄の何に期待したのか?私はタクシーの中で少しばかり妄想した。
 兄のアパートの前に到着し、父とアパートの管理人兼大家さんと合流した。父はすでに知っていることではあるが、事の経緯を改めて説明をしてもらった。高橋と名乗る大家の男性が言うには、このアパートは兄が通う高知大学の学生しか住んでおらず、学生の管理も自分の仕事、と積極的に学生に声を掛けたり、世間話をしたり、家賃も近年では珍しく手渡し制にして、あえて交流する機会を作っていたという。学生の出入りをチェックするうちに、兄が大学へ行っていないと気づいたそうだ。しかも期日になっても家賃の提出が無く、普段はそんなことが無かったため、何かあったのかと思ったそうだ。兄は普段から積極的に人と話すような素振りはなかったそうだ。不愛想で口数は少なく、友人と遊ぶ様子も、笑っているところすら見たことが無い、それでも家賃の期日だけは守る、少し得体のしれない青年ではあったが、最近はこういう人も増えているのかもと高橋は語った。しかし、嫌な予感が的中したとのこと。兄の部屋へチャイムを鳴らしても応答が無かった。ノックをしてもだ。ただ、玄関のドアに鍵がかかっていなかったため、そのまま入ってみたところ兄の筆跡と見られる書き殴ったメモが見つかり、兄の姿は今日まで見ていないという。兄が残したメモというのが左だ。

【もうなにもかも疲れてしまいました。お母さん、お父さん、ごめんなさい。僕が死んでしまうのを許してください】

死に行く人の最期の言葉はなんて力ないものだろうと私は落胆した。母はメモを見て号泣した。父もかなり動揺していた。警察にはすでに捜索願を提出しており、この部屋にも警察が入ったそうだ。つまり私たちは警察からの連絡を待つほかやることが無い。この時私ははた迷惑だと感じていたがさすがにそれは顔に出してはいけない、さすがに不謹慎すぎる、と思って自制した。兄が自殺、やはり兄は孤独だったうえ、孤独に耐えられなかったのだろうか。
 高知県警による捜索で、翌朝には兄は見つかった。高知の海辺で突っ立っているところを保護されたとのことだった。それまで父と母と私は兄の部屋で待機していた。父と母は一睡もできなかったそうだが、私は移動の疲れでかなり熟睡してしまったようだ。捜索はそれほど難しいものではなかったそうだ。高知県警の警察官は、父と母に見つかった時の状況を説明していた。私はそれを後ろで聴いているふりをした。ふりをしたというのは、今では何を話されていたのか全く覚えていないからそうしたのだと思う。警察官は説明を終えると、両親にひとまずご安心ください、と声を掛けた。私は説明が終わるとアパートの外へ出た。黒のスキニーパンツの尻ポケットからKENTの1㎜を出して火をつけた。大きく息を吐く。まだ十月なのにこの日の高知は寒かった。吐いたたばこの煙の中に白い息も混じった。なんとなく視線を感じて左を向いた。先ほどの警察官が私を見ていた。
「…どうも」
私は挨拶とも言えない会釈をした。
「タバコ吸われるんですね。」
「ええ。あ、ちゃんと成人してますよ。」
「そうですか。」
警察官は私の横に立った。
「…なんでしょう?」
「先ほど、大幹さんの件でいろいろと説明させてもらったとき、ご両親とあなたと、随分様子が違うもんだなぁと思いまして。」
「はぁ」
何に対して疑っているこの男は。
「失礼ですが、大幹さんとのご関係は?」
「彼は私の兄です。」
「なるほど妹さん。大変不躾で失礼は承知なのですが、お兄さんとはあまり関係はよくなかった?」
「どうでしょう。兄妹のいい関係とは具体的にどういうことなのか、悪い関係というのはどこからが悪いと言えるのでしょうか?」
「え」
「正直、自信をもって兄との関係を良いとは言い切れません。しかし、世の中の兄妹なんてこんなものじゃないですか?だから平均的な普通の兄妹ですよ、とも言える気がするし…。いい関係、悪い関係の具体的指標やボーダーラインがあれば、じゃあ私たちは関係が悪いのだ、と判断できますが、結構その辺って曖昧ですよね。もしかしたら両者で関係性の認識が違うかもしれないじゃないですか。」
警察官は目を見開いていた。
「そんな驚くことですか?」
「いえ、すみません。ただ、妹さんがそう考えられている時点であまりいい関係ではないと思いますね。あくまで個人的な見解ですが。」
「私はなにか疑われているんでしょうか?」
「そういう訳ではありません。おそらく今回のお兄さんの件については他人が関わった事件性は無いと判断されるでしょう。しかし、私がご両親へ説明しているときのあなたの上の空のご様子が気になったものですから。」
「はぁ」
「お兄さんを心配している態度とは思えないな、と思いまして。」
「心配ですか。」
「心配ではなかったですか?」
私はこの首を突っ込みたがる警察官の問いに対して深く考えてみることにした。煙草に口をつけて、大きく吸う。ニコチンが足の先まで行き渡った気がしたら、細くゆっくり、地面に向かって煙を吐く。吐いた煙は下から上へ上昇して空気に消えていく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み