第2話 この平行世界で

文字数 2,210文字

「まず、この国はKS10125がいた世界と、基本的に同じです。家、両親、友達、学校、すべて同じ。平行世界って知っていますか?」

 平行世界……ファンタジーやSFなんかで聞いたことのある単語だった。
 俺のいる世界と同じだけど、ちょっとだけ違う世界。
 ここがそうだと言うのか。

「元の世界と違うのは、私がいるということと、もう一つ大きな縛りがあります」
「それはなんだ?」
「ここでは人間のすべてに番号が振られています。シリアルナンバーです。そして、その番号をマザーコンピューターが把握しているんです」
「さっきから言っているKSなんたらというのが俺のシリアルナンバーか」
「ええ、察しが良くて助かります」
 
 ライアはにこりと笑う。

 俺の国にもマイナンバーというものがあるが、そういうものだろうか?

「そのマザーコンピューターはどこまで俺のことを把握しているんだ?」
「大体のことは」

 その大体、が良く判らないのだが、今は保留にしておこう。

「どうして俺が選ばれたんだ? 選ばれた民とか言ってたけど」

 正直、どんな世界なのかもわからないのに、選ばれても困る。

「あなたが元の世界に居たくない、と強く願ったからです。だから意識がはじき出されてこの国に入り込んだのです」

 それだけでこの国には来ることが出来るのか。

「え? じゃあ、俺は意識だけ飛ばされて、身体は元の世界にあるってこと?」
「そういう事になりますね。この国での肉体は、この国のみで使われています」
「じゃ、じゃあ、俺、元の世界では死んでるの?」
「長くこの世界に留まれば」
「どれくらいいると死ぬんだ?」
「一か月くらいでしょうか」

 大変なことになってきた。
 あと一か月したら俺は元の世界に還れなくなる。
 
 その時、腕時計からアラームが聞こえた。
 と思うと、声も聞こえてきた。

「うっす。SW30325です!! 今日がっこ休んでたけどどうした?」

 なんだこれは。電話になっているのか?

「SW……? 誰だよ」
「昨日リモートでなぐさめてあげたのに、そんな態度?」
「紘なのか……?」
「なにそれ。俺はSW30325だよ」

 夜寝る前に話をした、悪友の紘。そいつがこの世界にもいる。
 でも、名前がなくて、シリアルナンバーで名乗っていた。
 
「そうだよ、何寝ぼけてんだよ。今日は寝てたとか? リモート授業を録画しといてやったからあとでみろよ」

 そう言うと、アラームがまた鳴った。
 通話が切れました、と電子音声が響く。
 それと同時に、動画サイトへのリンクが入ったメールが腕時計端末に届いた。

 すると、十分もたたないうちに今度はかあさんから電話が入った。

「具合は大丈夫? おかゆができたから下に降りて食べにいらっしゃい」

 またもや通話が切れました、という電子音声と共にかあさんの声は消えた。
 
 紘の声もかあさんの声も、俺の知っている声だ。
 でも、なんとなく温かみのない、無機質な声に聞こえた。
 ライアが俺の手を取る。女の子と手を繋いでいる状態に少したじろぐ。

「取り敢えず腹ごしらえしましょう。下におりればお母様がおかゆをつくってくれているみたいですから。優しいお母様ですね」

 ……それは本当に俺のかあさんなのだろうか。

 声は確かにかあさんだったけど、姿も見えず、腕時計から聞こえてきた声だけの存在が。

 それに紘のことも。

「この世界の学校ってどうなってるんだ?」
「授業はリモートでやっています。こちらの世界でも伝染病がはやっていますからね。そのことはあとで詳しく話します。大勢でリモートする場合もあるので、あの人はその時の友人でしょう」

 だからなんだか希薄な感じだったのか? 俺はどんな世界に来てしまったのだろう。



 部屋から出ると、そこは見知った俺の一軒家だった。
 廊下があって、居間が合って、洗面所、トイレ、ふろ、みんなもとの通り。
 ライアさえいなければ、何も変わらない世界。

 居間に行くと一人用の土鍋におかゆが用意してあった。
 けれど、だれもいない。
 静かな居間にはカーテンの隙間から午後の光が差し、おかゆだけが熱々で用意してあった。

「いま、KS10125はこの世界に来たばかりだから、世界がKS10125を受け入れる準備をしています。いまは風邪をひいてうちにいた、ということになっています」

「ずいぶん都合がいいんだな。平行世界の住人になるって。それに俺はKSなんたらじゃない。ミユという名前がある。そう呼んでくれよ」

 この平行世界では個人の名前が呼ばれない。
 
 もう、すでにこの世界の常識は俺のキャパシティーを超えている。
 なんなんだ、この世界は。
 用意してあるおかゆなんて食べる気にもなれない。

「取り敢えず、外に出てみる」
「おかゆは食べないんですか?」
「みんなが俺をかついでるんじゃないってこと、確かめたい」 
「では行きましょうか」

 ライアはにこりと笑顔を見せる。

 ああ、この笑顔に俺は弱い。
 こんなへんてこな世界だけど、ライアがいることで、少し救われている。
 だれかが一緒にいてくれるのが心強い。
 それもこんなに可愛い子が一緒なんて。
 桃色の髪色で、ちょっと奇抜な容姿だけどな。
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