第3話 理想郷

文字数 2,092文字

「それなら、私が外の世界を案内しますね」

 桃色の髪を揺らしながら、ライアは俺の前を歩きだす。
 家から近くのコンビニで、買い物をしようと店に入る。チョコレート菓子と総菜パンを手に取ったら、レジに人がいない。
 人を呼ぼうとしたら、ライアに止められた。

「決済はすべて、その腕時計型の端末がしてくれます。商品を持って出るだけでいいんですよ」
「へえ……」

 テレビで観た、未来のコンビニのようだった。
 
 それにしても、街に出ても人がいない。
 どうしてか、俺はライアに聞いた。

「人が少ないみたいだけど、みんなどうしてるんだ?」
「ここはミユさんがいた世界の並行世界なので、ほぼ同じ世界なのです。なので、さっき言ったように伝染病が蔓延しているんです。病気がうつらないように、みんなリモートで仕事をしているんですよ」

 それにしても人が少ない。
 
 街は俺一人きりのような錯覚におちいった。

 少し歩くと、児童公園があったので、そこでさっき買ったチョコレート菓子とパンを食べようとベンチに座る。

「ライア、パン半分こしよう。チョコもな」
「いえ、わたしはいいですよ。たべられませんから」
「は? なんで? ダイエットでもしてるのか?」

 女の子はうかつに食べることはしないのだろうか。

 それにライアは当然のように自分のことを説明した。

「私はアンドロイドです。血肉の通った人間ではありません。KS10125が……ミユさんがこの世界に馴染むようにマザーから(つがい)として派遣されたものです」

「つがい……?! つがいって、伴侶ってこと?? え、なにそれ!」

 ライアが俺のつがい? ライアはアンドロイドで俺のつがい?

「アンドロイドがつがいなのは、この世界では都合がいいんですよ。なんせ私たちは人間に危害を加えません。伴侶によるDVなどの暴力問題とは無縁です」
「……ライア、俺を起こすとき、思いっきりほっぺた張ったよな……」
「そ、それは、お起こしするための行動で……力が入りすぎましたか? すみません。わたしも新米なもので」

 てへっとライアは頭をかいた。
 そういうしぐさも花が咲いたようにかわいい。

「ならば……どうやって人は恋人をつくったり夫婦になったり親子になったりするんだ?」

「すべてマザーが管理しています。わたしたちの母体であるスーパーコンピュータ。成人した人間は卵子や精子を子供バンクに提供し、人口子宮……培養ケースのようなものの中で子供は赤子にまで成長し、生まれます。その子は母親か父親のもとに返され、育てられます。もちろん、母親も父親も伴侶はアンドロイドです。母親と父親がつがいなわけではありません。子の人数、人口の人数まですべてが管理されています」

 そこまで聞いて、俺はなんだか胸がムカムカしてきた。
 吐き気がする。
 
 そこに人間の『情』はいっさい絡んでないような気がしたからだ。

 人が人と出会って、好感を持ち、付き合って、一緒になる。
 助け合って生活を共にし、子供を育てる。

 俺は、そんな生活が理想の人のつながりで、家族だと思っていた。
 だから、ライアにそう言ったら、困った顔で苦笑された。

「そんなものは幻想ですよ。淡い夢です」

「そんな……」

「人は人といると、必ずいさかいを起こします。夫婦であっても。だから我々の世界ではそのすべての悪の原因を取り除いた、『理想郷』をめざして、実現しました」

 俺は口の中がカラカラになっていくのを感じた。

 よく考えれば、さっきの買い物方法も、俺が買ったものはすべて自動決済で腕時計型の端末で処理されて、マザーコンピュータに送られる。
 俺が便利だと思ってよろこんでやった行動は、すべて管理されているのだ。

「犯罪の抑止力にもなります」

 ライアが笑う。
 俺が好きだと思った彼女の笑顔は、急に無機質な感情を伴わないものに思えた。

 


 俺の世界では、むかしはポケベルというものが流行ったそうだ。
 携帯電話なんて無くて、連絡を取るのに、ベルだけを鳴らして相手に折り返し電話してもらうための端末だったらしい。
 
 そのころに、今の携帯電話、スマホの普及が考えられただろうか。
 
 そのもっと昔には、家庭の三種の神器と言って、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が、とてもありがたく思われた時代もある。

 そのころに、テレビが一家に何台もある時代がくるなんて、考えられただろうか。

 時代は変わって行く。

 楽なくらしへ、もっと便利なくらしへ、もっと豊かなくらしへ――

 しかし、そうして手を伸ばして行きついた世界は。
 この平行世界ではマザーコンピュータ(支配者)によって管理された、ディストピアのような世界だ。

 昔のえらい人たちは、みんなが幸せになれるような『理想郷』を求めたはずなのに。

 出来上がった世界は、すべてが管理されたとても窮屈な世界で。
 
 この世界の人たちは――俺たちは、本当は何を求めていたのだろう。

 
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