4.不毛

文字数 2,466文字

勇作との不毛な争いを終えたわたしは、安くなっていた人参とキャベツと、「お勤め品」の箱から、熟れすぎたトマトを選んで家路についた。
ただ歩いているだけなのに、すれ違った散歩中の犬にギャンギャン吠えられた。
単なる吠え癖なんだろうけど、自分が不審者に見えているようで、ちょっとへこむ。

「ただいまー」

ボロアパートの2階。きしむ扉を開けても、返事をするものはいない。
防犯のために電気はあえて点けっぱなしにしているけれど、中身を開ければ誰もいない。別に迎えてほしいわけじゃないけど、たまにちょっと空しくなるときがある。

冷蔵庫に野菜を入れて、今日の夕飯のことを考える。
近所の激安スーパーで買った冷凍サケがあった。あれをレンチンして、あとはキャベツでも炒めるか。

と、ここまで考えると、もうやることはない。
いや、ないことはない。PCの電源を入れて、文字を叩きこまねば。
トマトをつまみに缶ビール(嘘、発泡酒)といきたいところだけど、今飲んだら出勤時間と被ってしまう。酒が残ったまま、自転車に乗るわけにはいかない。
我慢して、実家時代から飲んでいる水だし麦茶をあおる。

クラクションが、盛大に鳴る。
信号なしの交差点が近いので、比喩でもなく、1日10回はこの音が飛び込んでくる。ぶっちゃけ、事故も多い。というか、ひき逃げまであった。
たまたま通りかかったのがわたしと、同い年くらいの男の人で、倒れていた男の人を介助しようと駆け寄っているうちに、車はなんと逃げてしまった。
警察に事情は聴かれたけど、視力が落ちてきているわたしは、ナンバーを見落としていて、ついでに車の免許も持っていないので車種のことも分からず、もう一人の男の人がそれらしいことを答えていた。

倒れていた男の人は、片方の脚を大きく擦っていたけど、それ以外は大事には至っていなかった。しばらく目撃情報を求める看板が立っていたけど、気がついたらなくなっていた。ニュースにもならなかったし、特に警察から連絡けれど、犯人が捕まっていることを願うばかりだ。

大々的なことじゃなくても、いろんなことが起こっている。世間では。
人それぞれにドラマがあって、笑ったり、きつい思いをしたり、悩んだりしながら毎日を生きている。その思いをどこかで切り取りたい。そう思うのだけれど、思うばかりで一向に筆は進まない。

PCを起動し、投稿サイトを立ち上げる。PV数は、ほぼ横ばい。リアクションの数も、同じく。というか、連載中の『芽キャベツ島子の絵馬集め』に至っては、回を増すごとにPV数が減って、読了ボタンの数も減っていくばかりだ。
やばいやばいと思って、ムダに読みきりの短編を連発したりもしたけれど、客寄せ効果にはつながらず、「干物作家」、「暗闇明音」自体が低迷している状態が続いている。これで、公募? 無理だ無理。無理すぎる。

「打ち切りかなぁ・・・・・・」

ぼそっとつぶやいてしまうと、あっという間に現実味を帯びてきて、それを頭ごとふるい落とすように、わたしは後ろにばったりと倒れ込んだ。

ちなみに、おおまかなストーリーは、こうだ。

主人公・三好(みよし)たか子は、冴えない女子大生。3年生の春になっても、大学で友達らしい友達もできず、趣味らしい趣味もない。唯一特筆すべきは、彼女は大の芽キャベツ好きで、冷凍庫には常にストックが溢れている。そんな中、一番奥にしまわれて忘れ去られていた芽キャベツの中から、たか子を呼び出す声がして―――。

じつを言うと、この辺りで話が終わっている。1話目は変なタイトルが受けたのか、それなりにPV数を稼げたのだけど、2話、3話と主人公の地味な日常を延々と書いてしまって見せ場を迎えるタイミングを完全に見誤ってしまい、4話目にしてやっと『芽キャベツ島子』が登場したときには、PV数は4,読了ボタンは2にまで落ち込んでいた。

それでも読んでくれる人がいるならと、5話、6話、7話と更新したのだけれど、ちょうどその辺りで大きな出費があり、バイトを追加しているうちに更新に大きな穴を空けてしまった。たか子と島子が絵馬集めに向かおうかという10話に至るころには、とうとうPV1、読了ボタン1を切り、11話に至っては、その両方が0になってしまった。

ちなみに、今書いているのは、14話。下調べ不足で、遠征した神社がとうに寂れていて、絵馬どころか怪現象に遭って、二人してほうほうの(てい)で逃げ出すという、なんとも情けないシーンだ。
これ、読んでもらいたかったんだけどな・・・・・・。

小説投稿サイトを見て驚いたのは、周りのレベルの高さと、想像をはるかに超えたシビアさだ。どんなに話数が多くても、読み手がつかない作品は最後まで読み手がつかないし、逆に、出だしからがしっと読み手の心を掴んで、流れるように物語の中に引き込んでいく。そんな神業使いが、何十人もいる。

文才がないのは、自覚している。本は好きだけど、読むことと書くことは全然別次元の話だ。いくら「小説の書き方」的な本を読んでも、それだけで成果に結びつくわけではない。書いて、書いて、書きまくる。切磋琢磨。それしかない。

そこまで分かっていて、カンカンけん玉をやっているこの右手、というかわたしは、いったいどういう体たらくだ。誰かにカツを入れてほしいけれどそもそもこの部屋には誰もいなくて、一瞬勇作の顔が浮かぶけれど、癪なのですぐに打ち消した。
「あーあ」とため息をついた瞬間、大皿の部分に玉がぴたりと収まった。

大きなことを狙っているわけじゃない。と思っていたのに、自分は身の丈に合わない、とんでもなく大きなことに時間を費やしている。もっと他に、やらなくちゃいけないことがあるんじゃないか。そんな思いばかりが、ふくらんでいく。
例えばね、就活とか、就活とか、就活とか・・・・・・。

スズメの声が、けたたましく流れ込んでくる。
1階の人が部屋前になぜか鳥のエサ箱を設置しているので、いろんな小、中のいろんな鳥が集まってくるのだ。

頬杖をついたまま手首をきかせたけん玉は、中皿にカツンと当たって落ちた。
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