第20話信長、新選組の厄介になる

文字数 2,701文字

「芹沢に俺らのこと言ったろ――織田信長」

 信長を呼び出した土方は単刀直入に言う。
 しかし「何のことだ?」ととぼけられた。

 新見が切腹した料亭。
 信長は土方の前で胡坐をかいた。
 土方は膳に盃を置いて「いくら探しても根拠となる物がない」と告げた。

「芹沢は襲撃と人数しか知らなかった。俺らの構成はその場で知ったみたいだ。だけどよ――それはあんたも同じだよな? 山南さんに確認したから間違いねえ」
「であるか。だが決定的な物がない以上――机上の空論だ」

 信長の返しに土方は鼻を鳴らす。
 それから「あんたの魂胆は分かっている」と続けた。

「俺らと芹沢たちを秤にかけたわけだ。どっちと手を組んだほうが得か。それを見極めるために、敢えて芹沢に反撃の機会を与えた」
「もしそうなら、とんだ食わせ者だな」
「あんたは自分が疑われても、それが真実ではないように工作した。俺らの詳細を言わなかったのは芹沢が口を滑らす可能性があったからだろ?」
「もしそうなら、他人を全く信じていないことになる」
「……だけどよ。十中八九俺らが勝つと思っていたんじゃねえか?」

 信長は静かに「もしそうなら――」と告げた。

「一割二割の可能性を排除できなかったな」
「……結果的に俺らは勝った。芹沢を殺して壬生浪士組を手中に収められた。けど綱渡りもいいとこだ」
「それはおぬしらの勝手であろう? 芹沢と協調する道もあったはずだ」
「ふざけんな。大和屋の件で会津藩から言われてたんだ。芹沢を排除しろって」

 信長は「それは聞いていた」と答えた。
 しかしあくまでも芹沢への関与は認めない。
 土方は自分では口を割らせられないと悟った。
 目の前にいるのは第六天魔王――化け物なのだから。

「はっ。馬鹿にしやがって。もういい、帰っていいぜ」
「なんだ。儂には膳がないのか」
「てめえと飯なんざ食えるか」
「寂しいのう。ま、是非も無し」

 信長は立ち上がろうとする。
 その前に土方が「一応聞いておく」と言った。

「芹沢の女――殺したのはどうしてだ?」

 信長はそのまま立ち上がり、まるで天気の模様でも言うような気軽さで答えた。

「ああ。生かして置いたら面倒だからな」
「面倒……?」
「それに芹沢と一緒にあの世へ行けたのだ。良いことではないか」

 土方は遅れて――信長が初めて自分の疑いを認めたことに気づく。
 しかし、芹沢への内通を認めたわけではない。
 むしろ自分たちの利となる行動だった。

「……食えねえおっさんだ」
「当たり前だ。儂を食えば食あたりどころではないぞ?」
「ふん……そうだ、あんたに早めに言ってやるよ」

 信長は「まだ何かあるのか?」と不思議そうに問う。

「壬生浪士組の名を改める。新しい名は――『新選組』だ」
「ほう。新選組……」
「会津藩の精鋭部隊の名を松平容保公から拝領した」

 土方は「これから忙しくなる」と言う。

「あんたにも働いてもらうことになるな」
「面倒なことはごめんなのだが。ま、これからも新選組の厄介にはなるぞ」

 それだけ言って、今度こそ信長は出て行った。
 一人残された土方は「ふざけてやがるぜ」と酒を飲む。

「新選組の厄介――面倒事になっているじゃねえか。言葉通りによ」


◆◇◆◇


「おう。何をぼうっとしている? 何かあったのか?」

 八木邸に戻った信長は縁側でぼんやりとしている沖田に声をかけた。

「あ、ノブさん……」
「隣、いいか?」
「ええ、どうぞ」

 しばらくの間、二人の間に会話はなかった。
 けれど――

「土方さんのところから帰ってきたんでしょ? 芹沢さんに私たちのことを言ったのは、ノブさんだから」

 真実を突いた言葉に信長は「ああそうだ」と認めた。
 沖田は「あはは。あっさりと認めるんですね」と笑った。

「土方さんにもそう答えたんですか?」
「いや、誤魔化した」
「じゃあなんで、私には?」
「お前になら、本当のことを言っていいと思った。それだけだ」

 沖田は「ずるいなあ、ノブさんは」と笑顔のままで言う。

「そんなこと言われたら――斬れないじゃないですか」

 信長は笑みを浮かべたまま応じた。

「それが狙いだからな」
「本当に、ずるいや」
「それでどうだ――人を斬った感想は?」

 容赦のない問いに沖田は首を横に振った。

「実感がわきません。本当に……」
「であるか。ま、そういうものぞ」
「ノブさんが初めて人を殺したとき、どう思いました?」

 信長は「前にも言ったが」と沖田を見た。

「虚しいだけだ。怖いとか悲しいとか、酷く冷えた感情の後に来るのがそれだ」
「……言っていましたね。そうか、虚しいか」

 今の気持ちとしっくり来たらしい沖田。
 満足そうに頷く。

「あの。もし違っていたら謝りますけど」
「なんだ。言ってみろ」
「芹沢さんに、私たちのことを言ったのは――」

 沖田の目は、真実を知りたがっていた。
 ただそれだけだった。

「――私に斬らせるためですか?」

 信長は沖田と目を合わせた。
 決して逸らさない。

「泥酔した芹沢さんを殺すより、戦いの中で斬らせたいと……考えたんですか? そっちのほうが罪悪感を覚えずに済むと――」
「……その考えは、おぬしにとって都合がいいな」

 信長は立ち上がって。
 短銃を取り出して――練習用の的を撃った。
 五個目の穴が生まれる。

「そう、ですよね。ノブさんの言うとおりです」
「…………」

 信長は無言でその場を去った。
 沖田はその後姿を見送った。


◆◇◆◇


「どうだ近藤。鴨を食い殺した感想は?」
「……真っ先にそれを訊ねますか」

 近藤の部屋に入るなり、信長はいやらしい笑顔で言った。

「はっきり言えば後味が悪いです。もうこんな思いはしたくない」
「だがまた斬るぞ。局中法度がある限り」
「…………」
「ま、かと言って法度を撤回などできん。あれはおぬしらを守るためにある」

 近藤は「どういうことですか?」と思う前に言葉を発した。

「伝統もなく由緒もないおぬしらが結束するには、法によって隊士を縛らねばならん」
「…………」
「主君への忠義ではなく、褒賞も僅かしか与えられん。ならば士道でまとめるしかあるまいよ」

 信長と近藤は正反対の性質を持っていた。
 初めから大名だった信長と元は百姓の出だった近藤。
 権謀術数をもって人をまとめた信長と誠実さと信頼でまとめようとする近藤。
 二人はここまで違うのに――

「やはり、あなたがいてくれて助かりますよ――織田信長さん」
「であるか。儂は真っすぐなおぬしが羨ましいぞ――近藤勇よ」

 何故か互いに信頼していた。
 普通は反発するはずなのに、引かれ合っていた。

 数多な思想と主義が渦巻いていた、複雑怪奇な京の都。
 そこで出会った第六天魔王と新選組局長。
 彼らを中心に日本はうねりを増す――
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