第4話

文字数 2,226文字

 そして夏祭り当日、鵜ノ森さんは舞台の上にいた。清水寺とか市民文化会館とかではない。バトン部として夏祭りの特設ステージでダンスの披露をしていたのだ。夏祭りに誘うまでもなく彼女が祭りの主役だったわけだ。僕は自分の考えのスケールの小ささにため息さえ出なかった。
 夏祭りのいちイベントにも関わらず会場は熱気に満ち溢れ、観客からの歓声が飛んでいた。いわゆる推しのメンバーがいるのか、「メグちゃん、愛してる!」とか「ひろりん、こっち向いて!」とか「カカロット、お前がナンバーワンだ!」などと部員に声をかける者もいて、さながらアイドルのコンサートのようだった。
 実際のダンスの方も惚れ惚れとする出来栄えだった。速い動きは速く、止まるところしっかり止まる。バトン部全員が見事に協調しており、キレのある踊りから相当練習を積んできたことが伺えた。その中でも鵜ノ森さんの覇気は他を圧倒しており、舞台上でバトンを操る姿はどことなく戦で刀を振り回す戦国武将を彷彿とさせた。万が一自分が切腹することになったら迷うことなく鵜ノ森さんに介錯をお願いするだろう。そんな凛々しさだった。
 そうして翌朝のΦθ新聞の地方欄には鵜ノ森さん中心のバトン部の写真が掲載されていたわけだ。メグちゃんもひろりんも完全にフレームの外だった。しかも今度はカラーだった。もうΦθ新聞社には鵜ノ森さんのファンがいるとしか思えない。

「市民文化会館の舞台から飛び降りれたか?」
 堀木は意地悪な笑みを浮かべて話しかけてきた。結果が分かっててわざとそういう聞き方をするのだ。
「舞台から飛び降りるどころか、よじ登るぐらいの覚悟が必要やったわ」
「なんやそれ」
「なんかもう、切腹したい気分になったわ」
「夏祭りでそこまで思いつめる!?」
 すると、堀木は僕の肩に手を置き、言った。
「まだ、花火大会があるで。俺たちの夏はまだ終わって無いんや」
「ありがとう…、義兄さん」
「やっぱこの場で切腹しろ」

 その週の塾の授業ではいつものように入れ替わりで鵜ノ森さんに会った。いつも会釈するか一言挨拶するくらいだったが、その時は思い切ってダンスの感想を伝えた。
「本当にすごかった。殺陣を見てるみたいやった」
「殺陣?」
「いや…、速い動きだけじゃなくて、止まるところはピタッと止まって、跳ねるところは跳ねて、何ていうか…明朝体みたいな」
「明朝体って、私はフォントかい!」
 鵜ノ森さんは大げさな反応で、漫才師がやるような手の甲で叩くような仕草をしたが、その動きすら洗練されてた。バトンを持っていたら確実に僕の顔面にヒットしただろう。
 鵜ノ森さんは姿勢を正しつつ、
「でも、ありがとう。バトン部のみんなで結構ハードに練習したから良かったわ。三回吐いたし」と僕の感想にも感謝してくれた。後半何か恐ろしいことを言ったような気がしたが忘れることにした。
 あらためて目の前の鵜ノ森さんを見ると、本当に美少女で、それなのに気取ることもない。その尊さのあまり後光がさしてさえ見えた。実際は後光ではなく、花火大会のポスターなのだが。8月末に開催される市の花火大会のポスターだ。夏祭りは終わったが、まだ花火大会は残っていた。今こそ鵜ノ森さんを花火大会に誘う絶好のチャンスではないだろうか。
「はよ授業しよー」
 と、少しだけ開けた教室の扉の隙間からスーパーアンカーが顔を出して急かした。
「あっ、ごめん、それじゃ」
 鵜ノ森さんは踝を返して帰ろうとした。
「鵜ノ森さん!ちょっと待って!」と僕は呼び止めた。

 このようにして冒頭のやり取りに繋がったわけだ。

 いずれにせよ僕の一世一代の大勝負が始まった。来る日に向けて何をすべきだろうか、僕は考えあぐねた。堀木に相談したら、「俺もつれてけ」とか「むしろ俺が代わりに行く」とか「もう妹紹介しない」とか面倒なことを言い出すのは目に見えていた。
 こういう女の子をデートに誘うメソッドはファッション誌に惜しみなく載っているに違いない。そんな安易な発想で僕は学校帰りに翠山花堂(すいさんかどう)書店に立ち寄った。
 書店には男性向けだけでも様々なファッション誌があり、選り取り見取り、玉石混交だった。その中でもとりわけ禍々しい雰囲気を放つのが「Men’s HARUKAZE」だった。触れてはいけないと分かっていたが、僕は表現しようのない衝動に駆られ、それを手に取ってしまった。
 するとどうだろう、巻頭から「花火大会特集」だった。気が利くにもほどがある。「花火大会・勝負するなら何着てく?」というアンケートの結果によると約80%を浴衣が占めていた。残りは普段着、制服が主流で、少数ながら白衣、着ぐるみ、全身タイツ、葉っぱ、シャネルの5番、ニュッポコなど様々な選択肢があった。
 やはり、夏の思い出作りは浴衣を着たほうがいいのだろうか。僕は想像してみた。花火大会当日、待ち合わせする僕のもとに現れた浴衣姿の鵜ノ森さん。急いできたのか少し切らしている。うん、すごく青春っぽい。ところが、突如として現れるΦθ新聞のカメラマン。カメラのフラッシュから逃げ惑う二人。はだける浴衣。そして、うなじ。
 いや、違う。今考えるべきは僕の衣装だ。
 ページ下端の「こんなあなたにオススメ!」に目を奪われた。「平々凡々地味地味のなんちゃって十四高生のあなたに浴衣は無難すぎてインパクト不足。日本男児の伝統であるふんどしかまわしがオススメです。グローバルにマサイ族の伝統衣装でもいいでしょう」
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