第5話

文字数 2,060文字

 花火大会当日、待ち合わせ場所にしていた駅前の「ハムを食む少女像」に鵜ノ森さんがやってきた。
「お疲れ、待った?」
「いや、全然」
 そう言いつつも僕はかなり早めにやってきた。もちろん、鵜ノ森さんを待たせてはいけないという紳士らしい発想からだ。ただ、彼女が約束の時間より少しだけ早く来たり、僕の乗る予定の電車が野生動物を轢いて遅延したり、プレートテクトニクス理論により「ハムを食む少女像」の乗ったプレートが南太平洋あたりに移動するなどあらゆる可能性を考慮し、今日の始発でやってきたのだ。
 今日の鵜ノ森さんはビンテージ感のあるネイビーのTシャツにタイトなブルーのジーンズというシンプルな装いで、髪を後ろで束ねて普段の制服姿よりも活発そうな印象だった。鵜の森さんは僕の姿を見るなり、
「その服装はもしかして・・・、マサイ族?」
 と尋ねた。
「いえ、日本の伝統衣装である浴衣の一種です」
 と僕はごまかした。文化祭の衣装を無断で拝借してきたからだ。
「今朝何食べた?」
「ウガリです」
「マサイ族やん」
「いえ、平々凡々な日本男児です」
「ジャンプしてみ」
 言われた通り僕は垂直にできるだけ高くジャンプした。
「マサイ族やん!」
 着地と同時に鵜ノ森さんの鋭い裏拳がみぞおちに入った。全身に七百八あると言われる経絡秘孔の一つを打ったのか呼吸ができなくなるほどむせて、徐々に意識が遠ざかり、目の前を様々な思い出が走馬灯のように駆け抜けた――幼稚園の演劇の発表会でセリフ忘れたこと、初めてのお使いで店先の番犬に絡まれたこと、中学で五木ひろしの顔マネを試みる堀木、高校に入って初めて鵜ノ森さんの姿を見たときの感動、部活で目玉おやじの声マネを試みる堀木、塾で鵜ノ森さんとすれ違うばかりの日々、学校帰りにニュッポコの形態模写を試みる堀木…。さようなら人生、さようなら青春、さようなら鵜ノ…堀木。
「堀木、登場しすぎ!?」
 なんとか僕は意識を取り戻した。

 花火観覧の場所として僕は港に面した緑地公園を設定した。緑地公園とは言うものの工業地帯の真ん中にあり、アクセスもあまりよくないため、普段から人気の少ない公園だ。しかし、花火の打ち上げ地点からは近く、迫力のある花火鑑賞ができるはずなので穴場と考えたわけだ。それに、万が一、あくまで万が一ロマンチックな展開になったとしても人目を気にしなくて済む。

「さっきはほんまごめんな」
 公園に向かって歩く途中、鵜ノ森さんは謝った。
「さすがに僕もこれはやりすぎやったわ」僕はあくまで気にしないふりをした「槍と盾は家に置いて来るべきやった」
「そっちかい!」
 と言って鵜ノ森さんは手の甲で僕を軽く叩くが、スナップがよく効いていて結構痛いのだ。
「そういえば、バトン部のダンスすごく上手かったけど、ずっとやってたん?」
「ううん、バトン部は高校入ってから。中学まで空手やってたから身体動かすこと自体は得意やけど」
「空手とは意外やね」
「そう?これでも中学では県チャンピオンになったんやで」
 と言って鵜ノ森さんは空手の構えを見せてくれたが、それは門外漢の僕でも「本物」と分かった。
当然の流れとして話題は僕の部活に移った。
「確か、テニス部やったよね」
「うん、軟式テニス部やけどね。硬式テニスほどメジャーじゃないし、レギュラーにも滅多になれないから、非公式(非硬式)テニス部員って自称してるけどね」
「誰が上手いこと言えと」

 どうやら鵜ノ森さんは生まれながらにしてツッコミ役らしい。確かにボケに対する鵜ノ森さんの反射速度、言葉選びそしてツッコミの力加減の全てに天性の才能を感じさせた。世の中には天然ボケと呼ばれる人種がいるが、その呼称に倣えば鵜ノ森さんは天然ツッコミということになる。
「学校とか塾では控えめにしてるんやけどね」と鵜ノ森さんは照れくさそうに言った。
 かつて堀木は僕に対して「お前のボケはいつもツッコミ待ちなんだよ」と言ったことがあったが、そういう点でツッコミ待ちの僕と天然ツッコミの鵜ノ森さんは運命的なカップリングなおかつ奇跡的マリアージュだと言えるのではないか。

 公園に到着すると、花火の打ち上げまで時間があるというのに多くの人で賑わっていた。穴場と思っていたがそうでもなかったようだ。結局、皆考えることは同じだったわけだ。
そして、例のファッション誌の特集とは裏腹に、周りを見渡してみても浴衣の人はおらず、普段着ばかりで、時々部活のジャージを着た学生らしき人がいる程度だった。その人混みの中に見覚えのある後ろ姿があった。
「あれっ、あれは…」
「誰?」
「あれ、あれ」と僕は指をさして「10キロ先にキリンがいる」と言った。
「マサイ族かい」と鵜ノ森さんは律儀にツッコミしつつ指さした方向を眺めて「あっ、あれ先生やん」と言った。
 先生と聞いて身構えつつ、その後ろ姿を目を凝らして見つめるとスーパーアンカーだった。隣にリーダーズがいるのにも気づいた。
「あの二人、付き合ってたのか」
「花火大会一緒に行くぐらいじゃ付き合ってるとは言えないんちゃう?」
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