第8話 言い訳

文字数 970文字

 

、と音がした。雨が降ってきたのかと思ったが、違った。

 僕はどうやら失敗したらしい。僕はもう高校生ではない。大学生でもない。大人になった。大人になって、『祓い』をしている。伯父の光臣(みつおみ)の命令に従って、死んだ父の代わりに『祓い』の仕事を請け負う僕のことを世間では祓い屋とか拝み屋とか称するそうだけど、そんな名前はどうでもよくて、今回の相手はとても強くて、そうだな、敢えて名前を付けるなら

のような存在を僕は祓おうとしていて。
 伯父は、錆殻(さびがら)光臣(みつおみ)は、

だ。錆殻(さびがら)家の人間もほとんど全員、偽物だ。本当に『祓い』の力を持っていたのは亡くなった父と、父の息子である僕。ふたりだけ。けれど、所詮は人間で。神様を祓おうなんてそんな大それた仕事が成功するはずもなくて。

 



 血が滴っている。黒い血だ。黒いのにどうして血だと分かるんだろう。ああ、鉄の匂いがする。鉄錆の匂いが。
 目の前に、男が、立っている。
「すがわら」
「……はい」
 

にボコボコにされて足の骨が折れて腕の骨が砕けて肋骨が何本か内臓に突き刺さってもう動けない僕の前にまるで盾のように立ち塞がって、僕の秘書で相棒で保護者代理人の菅原(すがわら)が笑った。後ろ姿だけど分かった。菅原は笑っている。
「坊ちゃん」
「うん」
「言い訳なんですが、どうも、その、私と先方は、


「うん」

 そうだな、
 今更そんな言い訳をするなよ、

 菅原おまえと知り合ってもう何年になるだろう10年よりは少し短いけれどおまえが人間じゃないってことを僕もそれにあの胸糞の悪い伯父も分かっていて伯父は菅原おまえを厄介払いしようとして僕のところに送り込んだのだろうけど僕は父も母もおらずあの光臣という名の腹立たしい男の命令に従って祓いの仕事をさせられていた僕はおまえが人間かどうかなんて別にどうでも良くて菅原おまえが菅原でいてくれればそれで良かった全部良かった。
 すがわら。

 



 よく見ると菅原の右手の指が何本か千切れていて、その傷口から黒い血液が滴っていた。菅原。
「坊ちゃん」
「うん」
「見捨てないでくれますか」
 縋るような声に、僕は全身を覆う熱のような痛みも忘れて声を上げて笑った。
 どっちの台詞だよ。なんでおまえがそんなこと言うの?
「いいよ」
 おまえが何でもいいよ。言い訳も、もっといっぱい聞かせてよ。

 了
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