第7話

文字数 965文字

「すっ、すみません!」
よかった。
声はふるえてない。
「えっ?あっ、はい?なにが?」
彼女が応じる。
その場に立ち止まったオレと彼女を避けるようにして、お参りの列は進んでいく。
いったんは立ち止りかけた彼女の友人たちも、押されて先に進んでいく。
「すいません。押されてよろけてしまって。その時に、あなたの着物のすそを踏んでしまったみたいです。ほんとに、すいません」
彼女はオレが指したあたりをさっと見て、着物の状態を確かめていた。
そしてにっこり笑って言った。
「大丈夫みたいです。汚れてもいないみたいですし」
そりゃ、そうだ。
ほとんど踏んだ『フリ』に近いんだ。
ほんとに汚すなんて、するもんか。
 
オレは、その笑顔を見て初めて気づいたようなフリをして言った。
「あれ?…失礼ですが。人違いだったら申し訳ないですが。もしかして、あなた以前雨の日に、オレにハンカチ渡してくれた方じゃないですか?スヌーピー柄の」
「スヌーピーのハンカチ?あ!あのときの?ええ?うそみたい」
「おぼえてますか?」
「ええ。もちろん」
「あの日は、ありがとうございました。おかげですごく助かりましたよ。お借りしたハンカチ、返さなくちゃと思って洗ってはみたんです。でも、貸してくれた人がどこのどなたなのか、見当がつかなくて途方にくれてたんです。まさかこんなところでお会いできるなんて。こんな偶然ってあるんだな。神様に頼るのもいいものです。それでですね、早速というかなんというか。ハンカチをお返ししたいし、あの時のお礼もしたいので、今度また、会ってもらえますか?」
ほとんど、一気にまくしたててしまった。
オレは半ば強引か?と感じながら、彼女にお茶をごちそうする約束を、とりつけることに成功した。
いつだったら会えるのか、どこで待ち合わせるのか。
そんな話をしているあいだに、彼女の友人たちがお参りをすませてもどってきた。
 
「あ、おひきとめして申し訳ないです。」
彼女たちに会釈をし、お参りの列に並びなおした。
ほんとは、願いは半分はかなったようなものだから、参らなくてもいいかと思わないでもなかったが、参らないで帰るのも不自然だから参って帰ることにした。
オレの数人後ろで、彼女が彼女のために再度並んだ友人たちと会話している声が、かすかに聞こえる。
どんな会話をしているのかものすごく気にはなったが。
 
続く
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