その③ あの子は運動会の実行委員

エピソード文字数 3,444文字

 それは、アパートの大家さんに頼まれて、町内の運動会に出た時のことだった。
 
「いや~最近ロクに運動してないし、ちゃんと走れるかなあ?さーて、借り物競走の集合場所は……受付で聞いてみようっと。すいませ~ん」

―(ネットリとした口調で)借り物競争に出たいっていうのかい?このブタ野郎がッ?
「ええっ?そ、その声は、ひょっとして」

―そおーだよ、先週デパートでお前を佐渡ヶ島へ案内しようとした秋葉原響子だよッ!」
「はいはい。あやうく上越新幹線の切符を買わされる所だったよ、あの時は」

―(残念そうに)野生のトキを見たかったよ!
「自分が行きたかったんだね……しっかし今日はまた、格別に地味な格好だな。長袖の白のポロシャツにメーカー不明のえんじ色のジャージって……おもいっきり高校の時の体育着でしょ、それ」

―ちなみにスニーカーとサンバイザーのメーカーは『ダンロップ』だよ!
「あー、うちの婆ちゃんが履いてるやつだな、ゲートボールの時に」

―運動会の実行委員とお呼びッ!
「けどさあ、なんでうちの町内の運動会を手伝ってるの?」

―それはね、この町内にアタシの大学のゼミの先生が住んでいるからだよッ!
「ゼミの先生?それが何でまた」

―昨日のテントの設営の時にギックリ腰を起こして寝込んじゃったから、代わりにお手伝いを頼まれたんだよッ!
「ふうん、根っからのお助け体質なんだね」

―代わりにアタシが女王様のアルバイトを休む時は、代打で入ってもらう約束を取り付けたよ!
「承諾したのか、先生!大学の教授なんだろ?」

―知的な風貌とソフトな弁舌でレポートの提出を迫ってくるよッ!
「知らないよ、そんなことは」

―お前こそ、何が目当てで運動会になんか出てるんだい?
「あー、俺もアパートの大家さんに助っ人で頼まれちゃって」

―あやしいねえ……本当は、普段見慣れないスポーツウェア姿の女子を見るためにやってきたんだろう?
「いや、べつにそんな訳じゃ」

―隠すことはないんだよ?せっかくの休日を潰してまで町内の運動会に参加しようとする男に、それ以外に何の目的があるって言うんだい?おおかた全員参加の大縄跳びが終わった後に、ずれた下着を体操服の上から直す女の子の姿を食い入るように見つめに来たんだろう?
「そんな風に運動会に来る男を見てたのか……参加しづらくなってきたわ、今度から」


―いやらしい男だねえ?綱引きの時に一番後ろに並ばせて、余ったロープでぐるぐる巻きにしてやろうかッ!
「いたよね、土俵入りみたいになってる奴。クラスで一番でかくてデブで」

―ちなみにうちの高校では、綱引きで自分の陣地に引き込んだ相手チームの生徒は、次の試合で味方に加わるシステムを採用していたよ?
「ジャンプで連載してるバトル漫画みたいだな。味方になった途端に噛ませ犬になったり、解説キャラになる敵が出てくるやつ」


―さあ、お前のお目当てはどんな女子なんだい?ハチマキをカチューシャのように前髪の上に巻いてるタイプかい?それとも可愛らしく天辺にリボンを作るタイプかい?あるいは天神橋筋(てんじんばしすじ)商店街名物の『ギャルみこし』の担ぎ手よろしく、捩りハチマキにするタイプかい?

「ハチマキの結び方でタイプ別されてもなあ……つうかギャルみこしなんて関西の、ごくごく一部の人しか知らないからね」

―ちなみにアタシはネクタイっぽく首にぶら下げるタイプだったよッ!
「あー、いたいた。どっちかっていうと地味系の子で」

―男子は顔に斜めに掛けて、結び目で眼帯みたいに片目を隠していたよ?
「ふうん、海賊みたいだな」

―スポーツマンシップを乗っ取るよッ!
「意味わかんないよ!」

―失礼な男だねえ?高校の体育祭で組み体操のピラミッドを作る時に数が余って、少し離れた場所でひとり『スフィンクス』を演じた時の思い出を聞かせてやろうかッ!?
「切ない思い出だなあ……つうか、やっぱり地味系だったんだね」

―おかっぱ頭が災いしたよ!
「知らねえよ!」

―生意気な男だねえ?幼稚園の時に応援で使うチアポンポンのナイロンを極限まで細く裂く作業に熱中するあまりに、『よさこいダンス』の集合に取り残されて泣きじゃくったエピソードを聞かせてやろうか?それとも小学校の卒業アルバムに載っていたムカデ競走の写真がたまたま半笑いになっていたために中学の体育祭で、『今度は真面目にやってよね』と、同じ小学校のクラスメイトから厭味を言われたエピソードを語ってやろうか?ここだけの話だけど、小学五年生まで選手宣誓の『せんせい』がティーチャーだと思い込んでいたことをこっそり教えてやろうか?なあ、なあ、なあ?
「なんだか黒歴史が多そうだね、運動会に関する」

―運動会の当日が晴れた時に『みんなの思いが届きました』と校長先生がスピーチをするたびに疎外感を感じていたよッ!
「すげえトラウマを抱えてる奴がいるんだな、運動会って。同窓会の時に絶対に話題にしないでおこうっと」

―さあ聞かせてごらん、お前はどんな女子の姿を見に来たんだい?二人ひと組でストレッチ体操をしているうちに密着しすぎて百合っぽくなってる女子を見て覗き見気分に浸りたいのかい?同じ苗字が多いために「田中未」とか「田中恵」とか名前が略されているゼッケンをつけた女の子が、偶然リレー競技で並走する姿を心に焼き付けたいのかい?陸上部のエースよりもマラソンのタイムが早い吹奏楽部のトロンボーン担当の眼鏡っ子が疾駆する姿に目を奪われたいのかい?
「いやいや、別に興味ないから。百合もゼッケン姿も眼鏡っ子も……ったく、借り物競走始まっちゃうじゃないか……あ、はいはい、出場しまーす!じゃあまた、後でなー」

―(ふくれっ面になって)むーう!

(アナウンス)それでは借り物競走を始めます。位置について、スタート!

「(走りながら)よーし、いい感じでスタートできた!えーと、この紙に書いてあるものを借りればいいんだな。なになに……じ、女王様だってえ?あの女、仕込みやがったなあ!」

―アーッハッハッハ!アタシと一緒に走って欲しいのかい?このブタ野郎がッ!
「しかも、いつのまにかボンデージファッションに着替えてるし!」

―こんなこともあろうかと、ジャージの下に着ていたんだよ!一緒に走って欲しければ運動場にひざまづいてダンロップのスニーカーのつま先をお舐め!
「けど、靴はダンロップなんだな」

―さあ、スタートを切る直前の短距離走の選手のように、クラウチングスタイルで懇願しな。『女王様、どうかこの哀れなブタ野郎と一緒に走って下さい』と。
「するかっ!ああ、もう時間がない!」

―アタシの肉奴隷と言うゴールまで一直線だよ!
「やかましいわ!しょうがない、抱っこさせてもらうよ。(抱き上げて)よいしょっと!」

―ひゃっ?だ、大丈夫なの?
「悪いけど、このままゴールまで走らせてもらうからね。うおおおおお(走りきって)ゴール!はあ、疲れたあ~」

―だっ、大丈夫かい?
「いやー、さすがに女の子をお姫様抱っこして走るのはキツかったよ」

―女王様抱っことお呼びッ!
「めんどくさい人だな、いちいち……あいたたた?」

―……ど、どうしたんだい、腰を押さえて
「いや、さっきの抱っこで腰を痛めたかも」

―まったく、無理をするからだよ……ほらっ、湿布を貼ってあげるからビニールシートの上に這いつくばって患部を露出しなっ?
「おお、ありがと。案外優しいんだな」

―しょうがないねえ、この後自覚症状がなくても、必ず病院へ行くんだよ?
「はいはい、わかりました」

―筋肉だけじゃなくて神経を傷つけている可能性もあるんだからね?おろそかにしちゃいけないよっ!
「くわしいんだね、いろいろと」

―手先が痺れたりめまいがするようならば要注意だよッ!
「わかったわかった、さっさと湿布を貼ってくれよ」


―まったく欲しがり屋さんだねえ、ホラッ!
「冷たっ!って、いやいやいや!俺が痛めたのは首じゃないよ、腰だから」

―(笑って)クックックックック……
「何がおかしいんだよ……はっ、まさか今まであげた症状はすべて」

―アッハッハッハッハ!ようやく気がついたかい?そうだよ、ムチ打ちの症状だよ!
「なるほど、マゾだけにって、マゾじゃねえし!もういいよ」


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