その② あの子はエレベーターガール

文字数 2,853文字

それは、仕事を終えた俺が、会社の帰りにデパートに立ち寄った時のことだった。

「えーと、ベビー用品売り場は……とりあえずエレベーターに乗ってみよっと」

―いらっしゃいませ……(ネットリとした口調になって)エレベーターをご利用になりたいのかい?このブタ野郎がッ!
「ん?その声は……あっ、きみは!」

―そおーだよ!先週の日曜日にお前と一緒に『一風堂』と『一蘭』に食事に行った秋葉原響子だよッ!
「大丈夫だった?立て続けにラーメン屋を二件もハシゴしてさ。そのあと寄った『ロイヤルホスト』でもずいぶん苦しそうだったけど」

―さすがに『九州発の外食チェーン店』縛りはキツかったよ!
「考え直した方がいいと思うなあ。その、うまいこと言おうとするために身体張ろうとする生き方……それより、こんな所で何してるの?」

―本当は友達のアルバイト先なんだけど、テストやら帰省やら就活の面接なんかで抜けるときはアタシが代打で入ってるんだよッ!」
「ふうん、なんか学生っぽいエピソードだな」

―ちなみにSMクラブのバイトをアタシが抜けるときは彼女に任せてるよッ!
「引き受けるんだ、その子も。つうか、意外と融通が利く仕事なんだな」

―折り目正しく穏やかな口調で顧客を最上階へと導くらしいよ?
「イメクラだね、もう。デパート仕込みの接客スタイルで調教とか」

―ところで今日は、どんなプレイをお望みだい?
「なに目当てにデパートに来た客なんだ、俺は。つうかエレベータの中でプレイも何もないだろ」

―生意気な男だねえ?このまま非常停止ボタンを押して閉じ込めてやろうかッ!
「勘弁してくれよ、なんで買い物に来たついで監禁されなきゃいけないんだ」

―そのさまを逐一モニターで監視してやってもいいんだよ?
「そりゃあ見守るよね。エレベーターが非常停止したら」

―それとも閉まる寸前に駆け込ませてドアに挟んでやろうか?
「防げよ、エレベーターガールなんだから。そういうことをさせないのが仕事でしょ」

―おまえの欲望の開閉ボタンはアタシの手の中にあるよッ!
「やかましいわ!」

―はしたない男だねえ?お仕置きがわりに、わざと扉の手前に立たせてブザーを鳴らしてやろうか?それともすべてのフロアのボタンを押してなかなか辿り着けないようにしてやろうか?あるいはこっそりとボタンを二度押ししてリセットさせて、目的の階に着くことなく一階に戻してやろうか?なあ、なあ、なあ?
「子供のイタズラだな、もう。怒られるよ、マンションの自治会とかで」

―さあ、どんなプレイをしたいのか、そのふしだらな口で言ってごらん?同じエレベーターに乗り合わせた家族連れがどの店で食事をするかで口論を始めた時に『落としどころは、やはり『ポムの樹』あたりではないでしょうか』と口を挟みたくなる衝動に駆られたいのかい?それとも母親にだっこされている赤ちゃんが何もない壁の一点をじっと見つめている様さまを見て『見えるのか、この子には……』と憂うれい顔を作りたいのかい?偶然乗り合わせた人のお腹が鳴る音が聞こえて気まずい雰囲気に包まれたいのかい?
「なんだかすげえマニアックな集団に思えてきたな、エレベーター乗ってる人たちが。乗り辛づらくなっちゃったよ、今度から」

―欲望という名のエレベーターに身をゆだね、本能の赴おもむくままに昇りつめておしまいッ!
「うまいこと言おうとするなよ、いちいち……あのさあ、俺はただ、ベビー用品が売ってるフロアに行きたいだけなんだけど」

―(顔色を変えて)べっ、ベビー用品売り場だって?お前、まさか……
「あー、いや、俺の子どもじゃなくって」

―そういうプレイがお好みだったのかいっ!?
「そっちか!つうかプレイっていうな、プレイって」

―そうならそうと最初からお言い!ったく、素直じゃない男だねえッ!
「いやいやいや、そういう趣味とかないから!本当に!」

―恥ずかしがり屋さんでちゅねえ~?はいはい、おしゃぶりとヨダレかけ、裸ん坊さんが大好きなプレイのグッズ売り場は六階でございまちゅよ~?
「グッズっていうな、グッズって。建物全体がいかがわしい店みたいに聞こえてくるわ」

―それともオムツの取替えをご希望でちたか~?
「オツムの取り替えだな、希望するのは。眼の前にいるこの女の」

―穿かせてあげるかわりに、アタシがいいって言うまで穿き替えちゃダメでちゅよ~?
「ほんのりSM入るんだね、そこで……あのさあ、うちの姉さんに子供が生まれたんだよ。出産祝いを買いに来たんだから早く連れてってくれよ」

―それでは、上へ参りま~す
「ああ、お願いします」

―上昇志向の強い女だよッ!
「知らねえよ!」

―(改まった口調で)本日は当デパートにお越しいただき、誠にありがとうございます。
「フツーに話せるじゃん。最初からそういう感じで喋れよ」

―それでは、もよおしもののご案内をさせて頂きます。
「あー、上の階でやってるやつね、北海道フェアとか沖縄味めぐりとか」

―我慢できずに、もよおしてしまいそうな者はすみやかに女王様に許しを乞うて下さい。
「そっちのもよおしか。くだらないな、解説がいちいち」

―なお、注意事項としまして、五階で乗り込んでくる女性には何があっても話しかけないでください。
「都市伝説に出てくる異世界エレベーターじゃねえか、それ。ところであれ、話しかけたらどうなるんだろうね……あれっ?ベビー用品の売り場通り過ぎちゃったけど」

―お前の欲望と同じようにとどまるところを知らないよッ!
「ちゃんと止まれよ!買い物できないだろ!」

―それでは下へ参ります
「頼むよほんとに」

―アップダウンの激しい生き様だよ!
「やかましいわ!あーっ、また通り過ぎちゃった……いいよもう、自分でボタン押すから……6階だなっと」

―(ふくれっ面になって)むーう!
「ところで、どのあたりなの?ベビー売り場の場所って」 

―生意気な男だねえ、かわりに東京駅の場所を教えてやろうかッ?
「いらないよ、つうか聞いてどうするんだ、東京駅への道のりを」

―上野駅から新潟駅までの道のりを教えてやってもいいんだよっ!?
「新潟駅?なんでそんなところの道のりなんか」

―上越妙高(じょうえつみょうこう)駅から直江津(なおえつ)港への道のりを教えてやろうかっ!
「どこだよ、そこ。地図上の位置がまったくつかめないんだけど」

―それとも長岡駅から寺泊(てらどまり)港への道のりがいいのかいっ!
「だからどこ行きのルートなんだって」

―(笑いだして)クックックックック……
「何だよ、また笑いだして……はっ、今まで挙げたルートはひょっとして」

―アーッハッハッハ!やっと気がついたのかい?どのルートを辿っても行きつくところは佐渡ヶ島(サドガシマ)だよ!
「なるほど、SMの女王様だけに。って、もういいよ」

〈了〉
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