その① あの子は就職活動中
文字数 2,779文字
それは、仕事を終えた俺が、会社からアパートに帰ってきた時のことだった。
「あ~今日も疲れた……ん?俺の部屋の前に誰か立ってる……って、え、SM嬢?」
―……
「あ、あの~、どちら様でしょうか?」
―(ネットリとした口調で)もう忘れたのかい?……この、ブタ野郎がっ!
「ぶ、ブタって……あれ?きみはひょっとして、今日うちの会社説明会に来た」
―そおーだよ、床に落としたエントリーシートをお前に拾ってもらった秋葉原響子だよッ!
「はいはい覚えてるよ、珍しい名前だったから……しっかし昼とはずいぶん違う格好だなあ。黒髪に紺色のリクルートスーツで控えめな印象だったのに。何っていうんだっけ、その恰好?」
―教えて欲しいのかい?
「え?いや、そういう訳じゃ」
―興味津々かい?
「何だこの人」
―この黒エナメルのワンピースに網タイツ、黒革のピンヒールに鞭を携えたアタシの姿がSMの女王様の定番であるボンデージファッションだと教えて欲しいなら、這いつくばってヒールのつま先をお舐め!
「わかっちゃったよ、ほぼほぼ今の解説で。ところで、何しに来たの、キョ―コさん?」
―キョ―コ様とお呼びッ!
「やだよ、初対面の女の子を様づけなんて」
―強情な男だねえ……これを見ても同じことが言えるのかい?
「ん?なに、この容器」
―さあ、タッパーの蓋を開けてごらん?
「こ、これは……肉ジャガ?」
―ささやかなお礼だよッ!
「うわー、おいしそう!おふくろの味ってやつだな」
―女王様の味とお呼びッ!
「めんどくさい人だな、色々と……つうかさ、何でさっきから女王様口調なの?」
―そっ、それはだね、大学の学費を稼ぐためにSM嬢のアルバイトばかりしていたら、いつの間にか口癖になってしまったんだよ!
「ふうん、意外と苦労してるんだな」
―おかげでどの会社の面接も落ちまくりだよッ!
「だろうね、面接官相手に志望動機を聞かれて『さっそくおねだりかい?』とか答えたらたいがい落ちるって」
―ただし御社の面接は最終まで残ったよ!
「残ったのか、弊社の面接!つうかどうなってるんだ、うちの会社の採用基準って」
―……ところでお前、現時点で誰かご主人様の肉奴隷になっているのかい?
「何だ肉奴隷って。つうか今も昔も押し頂いたことないよ、ご主人様を」
―(嬉しさを隠せずに)ということは、フリ―の奴隷なんだね?
「奴隷っていう時点でフリ―じゃないだろ。何を言ってるのかな、さっきからこの人」
―好きな女王様のタイプは、どんな感じだい?
「女王様限定で聞かれても……いや、特にこれというのは」
―美人っぽいの好きなのかい?それとも可愛い系が好みなのかい?
「そうだなあ、できればどっちも、少しづつって感じが……」
―八方美人がお好みかいッ!?
「意味が違う、意味が」
―やっぱり色白のほうが好きなのかい?
「いや、そうでもないよ」
―じゃあ腹黒好きかっ!
「わけわかんないな、さっきから」
―アイドルで言ったら誰がタイプとか?
「あ―、よくわかんないんだ、アイドルって」
―じゃあココイチのトッピングで例えたら?
「……つかめるのかよ、それ聞いたら」
―いったいどんなタイプが好みなんだい?『寿がきや』のラ―メンで例えたら?『若鯱家』のうどんで例えたら?『コメダ珈琲店』のデザ―トで例えたら?
「だからつかめるのかよ、それ聞いたら。つうかさ、なんでさっきから例えが名古屋から広まった食べ物ばっかりなの?」
―どんな気分だい?名古屋発の外食チェ―ン店のメニューで『縛られている』気分はッ!?
「なるほど、SMの女王様だけに……って、うまくないよ!理由がわかったら腹立ってきたわ、むしろ」
―キョ―コ女王様のチェ―ン縛りならぬ『チェ―ン店縛り』のお味を堪能しなッ!
「やかましいわ!」
―さあ、そのふしだらな口で言ってごらん。『世界の山ちゃん』のメニュ―で例えたら?『風来坊』のメニュ―で例えたら?『支留比亜珈琲店』のメニュ―で例えたら?なあ、なあ、なあ?
「まだ続くのかよ。その、名古屋のチェ―ン店縛り」
―『矢場とん』のメニュ―で例えたら?
「鉄板とんかつ……って、言っちゃった。
―あ~、はいはい!
「つかめたの?」
―熟女か……
「あのなあ……」
―じゃあ、どんな熟女が好みなのか、『コンパル』のサンドイッチで例えてごらんッ!
「別に熟女好みじゃないって。つうかエビフライサンド一択じゃねえか、あの店の場合は……ところでさ、そろそろ近所の人の視線が恥ずかしくなってきたことだし、部屋の中に入らない?」
―(怪訝けげんな顔つきで)羞恥プレイはお気に召さなかったのかい?
「はいはい。(ドアを開けて)散らかってるけど。ど―ぞ」
―む―う!(ふくれっ面で)邪魔するよっ……ほほう、男の人の一人暮らしってこんな感じなのかい。
「テキト―に座ってよ。飲みものなんだけど、ビ―ルしかないんだけど、いいかな?」
―変態(ビザール)がいいよッ!
「意味わかんないよ。ったく、つくづくめんどくさい人だな……ところでさ、腹ペコなんだけど、その肉じゃが貰ってもいいかな?」
―(目を輝かせて)欲しいのかい、この肉ジャガが……だったら足元に這いつくばって犬のように懇願しなッ!
「いや、ダメだったらいいんだけど」
―我慢しなくていいんだよ?あくまで平静を装っているけれど、実は己を抑えることができないんだろう?欲望に流されそうな自分を必死で押さえ込んでいるんだろう?内なる昂りをこらえきれないんだろう?
「無茶ぶりだな、こらえきれないのは。どっちかっつうと」
―ほらッ!お箸で取ってあげるから、そこに跪ひざまづいてはしたない口をお開けッ!
「はいはい(正座して口を開いて)あ―ん」
―(その口に肉じゃがを運びながら)どうだい、お味は?」
「うん、すごく美味しい!」
―次も又、アタシの料理が食べたいかい?」
「ええ?うん、まあ」
―だったら今度の休日に、アタシを食事に連れてお行きッ!
「ははは、わかったわかった。じゃあ、なんかリクエストとかある?」
―そうだねえ、餃子の王将なんかどうだい?
「いいの、王将で?もうちょっと高い所でもいいけど」
―天下一品のラ―メンでもいいよ?
「それもずいぶんお値打ちだね。」
―魁力屋のラ―メンなんかも捨てがたいねえ。
「遠慮しなくてもいいよ、そんなに」
―(笑って)クックックックック……
「何がおかしい……ん?ひょっとして今のは」
―ア―ッハッハッハッハ!やっと気がついたのかい?京都発の外食チェ―ン店で縛しばられていることに!」
「つくづくめんどくさい人だな。もういいよ」
〈了〉
「あ~今日も疲れた……ん?俺の部屋の前に誰か立ってる……って、え、SM嬢?」
―……
「あ、あの~、どちら様でしょうか?」
―(ネットリとした口調で)もう忘れたのかい?……この、ブタ野郎がっ!
「ぶ、ブタって……あれ?きみはひょっとして、今日うちの会社説明会に来た」
―そおーだよ、床に落としたエントリーシートをお前に拾ってもらった秋葉原響子だよッ!
「はいはい覚えてるよ、珍しい名前だったから……しっかし昼とはずいぶん違う格好だなあ。黒髪に紺色のリクルートスーツで控えめな印象だったのに。何っていうんだっけ、その恰好?」
―教えて欲しいのかい?
「え?いや、そういう訳じゃ」
―興味津々かい?
「何だこの人」
―この黒エナメルのワンピースに網タイツ、黒革のピンヒールに鞭を携えたアタシの姿がSMの女王様の定番であるボンデージファッションだと教えて欲しいなら、這いつくばってヒールのつま先をお舐め!
「わかっちゃったよ、ほぼほぼ今の解説で。ところで、何しに来たの、キョ―コさん?」
―キョ―コ様とお呼びッ!
「やだよ、初対面の女の子を様づけなんて」
―強情な男だねえ……これを見ても同じことが言えるのかい?
「ん?なに、この容器」
―さあ、タッパーの蓋を開けてごらん?
「こ、これは……肉ジャガ?」
―ささやかなお礼だよッ!
「うわー、おいしそう!おふくろの味ってやつだな」
―女王様の味とお呼びッ!
「めんどくさい人だな、色々と……つうかさ、何でさっきから女王様口調なの?」
―そっ、それはだね、大学の学費を稼ぐためにSM嬢のアルバイトばかりしていたら、いつの間にか口癖になってしまったんだよ!
「ふうん、意外と苦労してるんだな」
―おかげでどの会社の面接も落ちまくりだよッ!
「だろうね、面接官相手に志望動機を聞かれて『さっそくおねだりかい?』とか答えたらたいがい落ちるって」
―ただし御社の面接は最終まで残ったよ!
「残ったのか、弊社の面接!つうかどうなってるんだ、うちの会社の採用基準って」
―……ところでお前、現時点で誰かご主人様の肉奴隷になっているのかい?
「何だ肉奴隷って。つうか今も昔も押し頂いたことないよ、ご主人様を」
―(嬉しさを隠せずに)ということは、フリ―の奴隷なんだね?
「奴隷っていう時点でフリ―じゃないだろ。何を言ってるのかな、さっきからこの人」
―好きな女王様のタイプは、どんな感じだい?
「女王様限定で聞かれても……いや、特にこれというのは」
―美人っぽいの好きなのかい?それとも可愛い系が好みなのかい?
「そうだなあ、できればどっちも、少しづつって感じが……」
―八方美人がお好みかいッ!?
「意味が違う、意味が」
―やっぱり色白のほうが好きなのかい?
「いや、そうでもないよ」
―じゃあ腹黒好きかっ!
「わけわかんないな、さっきから」
―アイドルで言ったら誰がタイプとか?
「あ―、よくわかんないんだ、アイドルって」
―じゃあココイチのトッピングで例えたら?
「……つかめるのかよ、それ聞いたら」
―いったいどんなタイプが好みなんだい?『寿がきや』のラ―メンで例えたら?『若鯱家』のうどんで例えたら?『コメダ珈琲店』のデザ―トで例えたら?
「だからつかめるのかよ、それ聞いたら。つうかさ、なんでさっきから例えが名古屋から広まった食べ物ばっかりなの?」
―どんな気分だい?名古屋発の外食チェ―ン店のメニューで『縛られている』気分はッ!?
「なるほど、SMの女王様だけに……って、うまくないよ!理由がわかったら腹立ってきたわ、むしろ」
―キョ―コ女王様のチェ―ン縛りならぬ『チェ―ン店縛り』のお味を堪能しなッ!
「やかましいわ!」
―さあ、そのふしだらな口で言ってごらん。『世界の山ちゃん』のメニュ―で例えたら?『風来坊』のメニュ―で例えたら?『支留比亜珈琲店』のメニュ―で例えたら?なあ、なあ、なあ?
「まだ続くのかよ。その、名古屋のチェ―ン店縛り」
―『矢場とん』のメニュ―で例えたら?
「鉄板とんかつ……って、言っちゃった。
―あ~、はいはい!
「つかめたの?」
―熟女か……
「あのなあ……」
―じゃあ、どんな熟女が好みなのか、『コンパル』のサンドイッチで例えてごらんッ!
「別に熟女好みじゃないって。つうかエビフライサンド一択じゃねえか、あの店の場合は……ところでさ、そろそろ近所の人の視線が恥ずかしくなってきたことだし、部屋の中に入らない?」
―(怪訝けげんな顔つきで)羞恥プレイはお気に召さなかったのかい?
「はいはい。(ドアを開けて)散らかってるけど。ど―ぞ」
―む―う!(ふくれっ面で)邪魔するよっ……ほほう、男の人の一人暮らしってこんな感じなのかい。
「テキト―に座ってよ。飲みものなんだけど、ビ―ルしかないんだけど、いいかな?」
―変態(ビザール)がいいよッ!
「意味わかんないよ。ったく、つくづくめんどくさい人だな……ところでさ、腹ペコなんだけど、その肉じゃが貰ってもいいかな?」
―(目を輝かせて)欲しいのかい、この肉ジャガが……だったら足元に這いつくばって犬のように懇願しなッ!
「いや、ダメだったらいいんだけど」
―我慢しなくていいんだよ?あくまで平静を装っているけれど、実は己を抑えることができないんだろう?欲望に流されそうな自分を必死で押さえ込んでいるんだろう?内なる昂りをこらえきれないんだろう?
「無茶ぶりだな、こらえきれないのは。どっちかっつうと」
―ほらッ!お箸で取ってあげるから、そこに跪ひざまづいてはしたない口をお開けッ!
「はいはい(正座して口を開いて)あ―ん」
―(その口に肉じゃがを運びながら)どうだい、お味は?」
「うん、すごく美味しい!」
―次も又、アタシの料理が食べたいかい?」
「ええ?うん、まあ」
―だったら今度の休日に、アタシを食事に連れてお行きッ!
「ははは、わかったわかった。じゃあ、なんかリクエストとかある?」
―そうだねえ、餃子の王将なんかどうだい?
「いいの、王将で?もうちょっと高い所でもいいけど」
―天下一品のラ―メンでもいいよ?
「それもずいぶんお値打ちだね。」
―魁力屋のラ―メンなんかも捨てがたいねえ。
「遠慮しなくてもいいよ、そんなに」
―(笑って)クックックックック……
「何がおかしい……ん?ひょっとして今のは」
―ア―ッハッハッハッハ!やっと気がついたのかい?京都発の外食チェ―ン店で縛しばられていることに!」
「つくづくめんどくさい人だな。もういいよ」
〈了〉