第4話
文字数 1,630文字
メアリー父は、藁の山の中から気を失っているメアリーを発見した。
僕の隠れていた所に倒れていたのだ。
「どうしてここに居るんだ!この小屋へはもう二度と近づくな。」
メアリーが目を覚ますなり、メアリー父は怖い顔で言った。メアリーは支えられながら火照った体をゆっくり起こす。
「ごめんなさい。でも、最期のお別れを言いたくて。」
そう言うと、メアリーは危なげな足取りで樽の傍に置かれている踏み台を昇り、そして樽を外した。
メアリー父は黙って見守っている。
樽の中には虚ろな目をした僕がいた。
メアリーは樽からはみ出している僕の頭を優しく撫でると、手に持っていた宝箱を僕の体に置いた。
どうやら僕の宝箱はメアリーが持っていたようだ。
宝箱の角には赤い血がこびりついている。
メアリーは昔から怒ると暴れる癖があった。一度癇癪を起こすと叫んだり、物を壊したりと大人が手を焼くほどだ。
この前の喧嘩で凶暴化したメアリーに、宝箱で頭を目一杯殴られた。僕はそのとき死んだのだ。
何度も頭に打ち付けられた宝箱は一部破損していた。
それだけの力でメアリーは僕を殴ったのだろう。
メアリーは樽に入った僕の死体に向かって「ごめんなさい」と呟いた。
メアリー父は悲痛な面持ちで小刻みに震える哀れな娘の背中を見つめている。
「ごめんなさい。私は取り返しのつかないことをしてしまったわ……」
両手で顔を覆い、呻くように声を漏らすメアリーは酷く痛々しかった。
「感情に支配されていたとはいえ、あなたをこんな目に遭わせてしまうなんて、本当にごめんなさい。後悔しているの。私がもっと、もっと普通の子だったらあなたを傷つけずに済んだのに。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
消え入るような言葉と共にメアリーはその場に崩れ落ちる。メアリー父はそんなメアリーを慰めるようにそっと肩を抱いた。
嗚咽が豚小屋に溶け込み、親子二人の影が哀しそうに項垂れる。
しばらくそうしていた後、メアリーは言った。
「ねえ、パパ。少しだけ、彼と二人だけにしてほしいの。」
メアリーは潤んだ瞳でメアリー父を見つめた。
「駄目だ。外は真っ暗だし、それに熱がある子供をこんな所に残してはおけない。」
メアリー父は心配で堪らないのだろう。それでもメアリーは懇願する。
「すぐ帰るから……お願い。」
メアリーの訴えにメアリー父は折れた。心配そうに振り返りながら小屋からゆっくり去っていく。
豚小屋に僕の死体と生きているメアリーだけが残った。
メアリーは僕の死体を覗き込み、顔を近づけると僕の色のない唇にキスをした。
メアリーは頬を赤く染め、濡れた唇を指でなぞる。
囁くように一人喋りだした。
「みんな私を遠ざけるのにあなただけは私の傍に居てくれた。そんな優しいあなたのことが好きだった。」
静かな世界にメアリーの言葉だけが流れる。
僕はただその一人言を聞くことしかできなかった。
「あなたは誰にでも優しい。……だけど私、あなたのそういうところが嫌いだった。ずっと私だけを見て欲しいの。他の誰にもあなたを渡したくない。」
メアリーの語気に力がこもる。歪んだ顔からは怒りとも悲しみともとれない表情をしていた。
「……私ね、頑張ったの。あなたに嫌われたくないから治したのよ。」
メアリーは僕の硬くなった薬指に無理やり指輪をつけようとする。指輪は僕の宝箱に入っていた安物で、今度の誕生日に許嫁のマリアに渡そうとしていたものだ。
メアリーは指輪を押し込むと、自身の指にもお揃いの指輪をはめ込む。
「一生、愛しているわ。」
その瞬間、僕はメアリーと目が合った。
僕の死体ではなく、透明な僕の瞳をハッキリ見て、メアリーはとても嬉しそうに微笑んだ。
ああ、そうか。
怒りに任せてなどいなかった。
メアリーは、殺意を持って僕を殺したのだ。
僕の隠れていた所に倒れていたのだ。
「どうしてここに居るんだ!この小屋へはもう二度と近づくな。」
メアリーが目を覚ますなり、メアリー父は怖い顔で言った。メアリーは支えられながら火照った体をゆっくり起こす。
「ごめんなさい。でも、最期のお別れを言いたくて。」
そう言うと、メアリーは危なげな足取りで樽の傍に置かれている踏み台を昇り、そして樽を外した。
メアリー父は黙って見守っている。
樽の中には虚ろな目をした僕がいた。
メアリーは樽からはみ出している僕の頭を優しく撫でると、手に持っていた宝箱を僕の体に置いた。
どうやら僕の宝箱はメアリーが持っていたようだ。
宝箱の角には赤い血がこびりついている。
メアリーは昔から怒ると暴れる癖があった。一度癇癪を起こすと叫んだり、物を壊したりと大人が手を焼くほどだ。
この前の喧嘩で凶暴化したメアリーに、宝箱で頭を目一杯殴られた。僕はそのとき死んだのだ。
何度も頭に打ち付けられた宝箱は一部破損していた。
それだけの力でメアリーは僕を殴ったのだろう。
メアリーは樽に入った僕の死体に向かって「ごめんなさい」と呟いた。
メアリー父は悲痛な面持ちで小刻みに震える哀れな娘の背中を見つめている。
「ごめんなさい。私は取り返しのつかないことをしてしまったわ……」
両手で顔を覆い、呻くように声を漏らすメアリーは酷く痛々しかった。
「感情に支配されていたとはいえ、あなたをこんな目に遭わせてしまうなんて、本当にごめんなさい。後悔しているの。私がもっと、もっと普通の子だったらあなたを傷つけずに済んだのに。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
消え入るような言葉と共にメアリーはその場に崩れ落ちる。メアリー父はそんなメアリーを慰めるようにそっと肩を抱いた。
嗚咽が豚小屋に溶け込み、親子二人の影が哀しそうに項垂れる。
しばらくそうしていた後、メアリーは言った。
「ねえ、パパ。少しだけ、彼と二人だけにしてほしいの。」
メアリーは潤んだ瞳でメアリー父を見つめた。
「駄目だ。外は真っ暗だし、それに熱がある子供をこんな所に残してはおけない。」
メアリー父は心配で堪らないのだろう。それでもメアリーは懇願する。
「すぐ帰るから……お願い。」
メアリーの訴えにメアリー父は折れた。心配そうに振り返りながら小屋からゆっくり去っていく。
豚小屋に僕の死体と生きているメアリーだけが残った。
メアリーは僕の死体を覗き込み、顔を近づけると僕の色のない唇にキスをした。
メアリーは頬を赤く染め、濡れた唇を指でなぞる。
囁くように一人喋りだした。
「みんな私を遠ざけるのにあなただけは私の傍に居てくれた。そんな優しいあなたのことが好きだった。」
静かな世界にメアリーの言葉だけが流れる。
僕はただその一人言を聞くことしかできなかった。
「あなたは誰にでも優しい。……だけど私、あなたのそういうところが嫌いだった。ずっと私だけを見て欲しいの。他の誰にもあなたを渡したくない。」
メアリーの語気に力がこもる。歪んだ顔からは怒りとも悲しみともとれない表情をしていた。
「……私ね、頑張ったの。あなたに嫌われたくないから治したのよ。」
メアリーは僕の硬くなった薬指に無理やり指輪をつけようとする。指輪は僕の宝箱に入っていた安物で、今度の誕生日に許嫁のマリアに渡そうとしていたものだ。
メアリーは指輪を押し込むと、自身の指にもお揃いの指輪をはめ込む。
「一生、愛しているわ。」
その瞬間、僕はメアリーと目が合った。
僕の死体ではなく、透明な僕の瞳をハッキリ見て、メアリーはとても嬉しそうに微笑んだ。
ああ、そうか。
怒りに任せてなどいなかった。
メアリーは、殺意を持って僕を殺したのだ。