道なき道をともに

文字数 1,305文字

 上の子には投資を惜しまないのに、下の子には「ハズレの子だから、金をかけたくない」と言い放った父親。
 「夫に逆らうと怖いので、かばえないんです。衣食住は十分与えてますし、不自由はさせてません。何が問題なんですか」と言い切った母親。
 高校に進学しようと奨学金を探せば、親の年収がなまじっかあるために受けられない。
 「なら、特待生になる」という決意を聞いたときの、あの目は忘れられない。

「自分は生き延びる道があった。特待生制度のある学校を紹介してくれたことには、感謝してる。でも、あの子にはなかった」
 キリっとした目が、こちらを見上げた。
「ねえ、大人はさ、”勉強しろ、立派な社会人になれ”って平気で言うじゃん。なのに、どうして自分のダメさは正当化してんの?それが許されてんの?」
「許されては、ないんだよ、本当は」
 うまい言葉を返せない「大人」を見る、高校生の目が細くなる。
「どうせ、”あの子個人の問題だ。自分たちのせいじゃない”とか言ってんでしょ、あのクソばばあ」
 険悪な目に、みるみる涙がたまっていった。
「べつに仲良しとかじゃないからさ、悲しくなんてないんだけど、悔しいんだよ。あの子は、ずっと絵を描いていたかったと思う。消えたいけど、死にたいわけじゃなかった。でも、逃げ道がなかった。生きたいと思うことを許されなかった。あんただって知ってたでしょう?わかってたでしょう?逃げ道、探せなかったの?そのために仕事してるんじゃないの?」
「うん、わかってた」
 苦いものを詰め込まれたような喉から、声を振り絞る。
「責任がないなんて言うつもりはないよ。刑事的責任はなくても、道義的責任がある」
 高校生は、言いたくても言わないでいてくれたんだろう。
『あんたたちのせいだよ』と。
 だから、その思いやりに応えなくてはならない。
「守秘義務があるから、全部を話すことはできないんだけれど、あのね」
 目をそらさず、高校生はポロポロと涙をこぼし続けている。
「お葬式では、誰も泣かなかったんだって。突然だったから、呆然としてしまったのかもしれないれど」
 何か言いたそうにして、結局、高校生は口を開かなかった。
「でも、それがとても悲しかった。あの子を誰も(いた)まないのかって」
 バッグからハンカチを取り出して差し出すと、高校生は慌てて制服の袖で涙を(ぬぐ)う。
「あなたの涙は届くと思う。今日、会えてよかった。大人として、どうしたらいいか考えるよ。ずっと考える。あの子のことを、忘れたりしない」
「…… お茶、ごちそうさま」
 高校生はペットボトルを目の高さまで上げると、そのまま立ち上がって公園を出ていった。 

 制服を着た背中が見えなくなってから、「事例検討会議」のための資料で膨らんだバッグを背負い直す。
 ここに、「子供たちの現実」が詰まっている。
 未来を変えるためのヒントがある。
 だから。
 降り積もる後悔を踏み台にしても、進まなければならないのだ。

「さて、行くか」
 今からなら、会議終了前には会場に着けるだろう。
 一歩踏み出した足元で、プラタナスの落ち葉がカサリと鳴る。
 降り積もった落ち葉の上をわざと歩いて、乾いた軽い音を行進曲に、駅へと急いだ。
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