第6話 勉強会①(古墳とは?)
文字数 3,188文字
古墳ツアーを明日に控えたこの日、古代史研究会の部室には一、二年生の四人のメンバーが集まっていた。
今日はツアーを前に、古墳及び古墳時代についての勉強会をやることにしていたのだ。
弥生は、古墳ツアーには参加しないが、「古墳についての勉強会なら私も行く」ということで参加している。
藤原と小町も「時間があれば顔を出す」と言っていたが、四人は先に勉強会を始めることにした。
「先生と小町先輩が来る前に、俺たちだけできちんと勉強しておこう」
「そうです。小町先輩にまた『この三人で大丈夫?』なんて言われないためにも」
「私たちだけで優勝するんです!」
息巻く三人を見ながら、弥生は苦笑いを浮かべている。
「まずは古墳の定義なんかを整理しておくのがいいんじゃない?」
弥生が提案すると、金次郎と伊代が「いいですね」とうなずく。
信二は弥生が仕切っているのが面白くないのか、少し不機嫌そうな顔を見せる。
それを見た弥生がため息をつく。
「じゃあ、最初に古墳の定義から。ここは古代史研究会の部長で、ツアーの申込でも代表者にしておいた信二に説明してもらおうかしら」
「部長」と「代表者」という言葉がうれしかったのか、不機嫌そうだった信二の表情が急に笑顔に変わる。弥生は「単純ねえ」と心の中でつぶやいて、またため息をつく。
「そうだよな、やっぱり最初は部長の俺から説明するのがいいよな」
信二は、もったいぶって咳ばらいをした後、用意してきた資料を机に置く。
弥生は「へえ、ちゃんと事前に勉強してきたんだ。何だかんだ言っても、真面目にやることはなやってるのね」と感心する。
信二が、資料を見ながら古墳について説明を始める。
「そもそも古墳とは何なのか。諸説あるけど、一般的には、『三世紀中頃から七世紀の古墳時代に築かれた、土を持った墳丘をもつお墓』というのが教科書的な定義になっているんだ」
「なぜその時代が古墳時代なんでしょうね?」
金次郎が素朴な疑問を口にする。
「えっ?」
信二が慌てて資料に目を通す。
「ええと、一般的に、考古学者は古墳文化が続いた時代を古墳時代としている……具体的には、前方後円墳の出現と終わりを目安にしている……ってことだな」
と資料をそのまま読み上げて答える。
「古墳文化って具体的にどんなものなんでしょう?」
今の信二の説明に、今度は伊代が首をかしげる。それを聞いた信二が資料のあちこちのページを見るが、すぐには答えが出てこない。すると、
「古墳文化は……」
信二の隣にいる弥生が、資料も何も見ないで説明を始める。
「古墳文化は三世紀中頃から日本列島の中央部に栄えた文化のことよ。同じ頃、沖縄や南西諸島には漁労を中心とした貝塚後期文化が、北海道には狩猟・採集を中心とした続縄文文化が存在していたのよ。つまりこの頃、南北に長く、しかも気候が異なる日本列島には、三つの文化圏が並んで栄えていたと考えられているのよ」
三人は弥生の話を聞いてうなずく。
「沖縄や北海道では狩猟・採集によって社会を維持していたけど、古墳文化の栄えた日本列島の中央部では、それとは全く異なる形で社会が営まれていた。それは、農耕と手工業を組み合わせた生産社会なの。つまり、古墳文化は、農耕が始まり、その結果争いや貧富の差が生まれた弥生文化をベースにして、弥生時代に生まれた貧富の差がさらに広大な範囲で階層化され、いわば『国家』への道のりをたどっていった文化ということもできるのよ」
「へえ~。生産社会に階層、そして、国家への道のりですか」
「社会が大きく変わる重要な時代だったんですね」
金次郎と伊代が、弥生の話に目を輝かせながらうなずく。信二も「なるほど」とつぶやいて感心している。
「それじゃあ、次は具体的に古墳の形について見ていきましょう、部長」
弥生が信二を見て、いたずらっぽく微笑む。信二がハッとして手元の資料を見る。
「お、おう。次は古墳の形について説明するぞ」
信二が今度は古墳の形状について、以下の通り説明を始める。
全国には16万基とも言われる古墳が存在している。
古墳の形は、大きく分けて主に五つに分類される。
その五つは前方後円墳、前方後方墳、帆立貝式古墳、円墳、そして、方墳。
古墳といえば、誰もがイメージするものが前方後円墳。被葬者を納めた円形の後円部と台形の前方部を合体させたもので、「鍵穴の形」として覚えた人も多いはず。
前方後方墳は前方部、後方部ともに台形の形をしたもの。弥生時代末期に登場したが、五世紀には姿を消したと言われている。全国でも五百基ほどしか見つかっていない。
帆立貝式古墳は、前方後方墳に変わって五世紀前半に登場したもの。前方後円墳に比べて前方部が短く帆立貝の形に似ていることからその名がつけられた。
円墳は、その名のとおり円形の古墳で、実は古墳全体の九割を占めているのがこの円墳である。前方後円墳終焉後には円墳が古墳の主役になったとも言える。
方墳は、方形の形の古墳で、序列の低い首長の墓で、他のものに比べて小規模なものが多い。
「古墳をどんな形にするかは自由に決められたんですか?」
伊代が質問する。
「いや、古墳にはきちんとした序列があったんだ。だから、勝手に形を選ぶことはできなかった」
「序列?」
「最上位にあったのが前方後円墳。前方後円墳の築造が許されたのは、ヤマト政権の王や親族、あとはヤマト政権と盟約し政権に参加した豪族の首長など、ごく一部の者だけに限られていたんだ」
信二の説明に伊代がうなずく。
「ヤマト政権との関係が薄かった首長は、次の序列である前方後方墳や帆立貝式古墳を造営することになる。さらにそれよりも下位の首長は、円墳や方墳を築くという仕組みになっているんだ」
「最上位が前方後円墳、次が前方後方墳や帆立貝式古墳、その次は円墳や方墳、となっていたんですね」
金次郎が信二の説明を繰り返す。
「ヤマト政権は、前方後円墳を頂点とした階層化を構築することで、政権の威光を内外に示し、さらに広い範囲まで影響力を拡大することができたのよ。ヤマト政権が築いたこのシステムは『前方後円墳体制』と呼ばれているのよ」
弥生が話を締めくくる。
「古墳の姿っていうと、こんもりとした丘の上に木々が生い茂った姿、というイメージがありますけど……」
金次郎がつぶやく。
「確かに、現在ある古墳を見ると、古墳は当時からそういう姿だった、っていうイメージがあるわよね」
弥生が答える。
「実際は違うんですか?」
「ええ。実は、古墳の発掘調査のときに古墳の表土を取り除くと、その下から斜面全体を覆っていたと思われる貼り石が現れることが多いの」
「石ですか。ということは……」
「そう、古墳の表面は、築造された当初は白く輝く石に覆われていたのよ。そして、その周囲には、赤茶色の埴輪が一列に並んでいたと考えられていたのよ」
「古墳全体を覆う白く輝く石に、その周囲に並び立つ赤茶色の埴輪。すごく目立ちますね」
伊代が声を弾ませる。
「そう。白く輝く石の山、一直線に並ぶ赤茶色の埴輪の列。こうした外見こそが、築造時の古墳の姿だったと考えられているのよ」
弥生の説明にも力が入る。それを信二が「自分も何かかっこいいことを言おう」と思い、慌てて資料を探す。そして、その中に書いてある言葉に目が止まる。
「そうした姿から、古墳は日本の……」
と言って、信二が次の言葉を言おうとした瞬間、
「まさに古墳は日本のピラミッドですね!」
金次郎が興奮しながら叫ぶ。同じ言葉を言おうとしていた信二が金次郎を睨むが、金次郎はそれに全く気付いていない。
勉強会はまだまだ続く。
今日はツアーを前に、古墳及び古墳時代についての勉強会をやることにしていたのだ。
弥生は、古墳ツアーには参加しないが、「古墳についての勉強会なら私も行く」ということで参加している。
藤原と小町も「時間があれば顔を出す」と言っていたが、四人は先に勉強会を始めることにした。
「先生と小町先輩が来る前に、俺たちだけできちんと勉強しておこう」
「そうです。小町先輩にまた『この三人で大丈夫?』なんて言われないためにも」
「私たちだけで優勝するんです!」
息巻く三人を見ながら、弥生は苦笑いを浮かべている。
「まずは古墳の定義なんかを整理しておくのがいいんじゃない?」
弥生が提案すると、金次郎と伊代が「いいですね」とうなずく。
信二は弥生が仕切っているのが面白くないのか、少し不機嫌そうな顔を見せる。
それを見た弥生がため息をつく。
「じゃあ、最初に古墳の定義から。ここは古代史研究会の部長で、ツアーの申込でも代表者にしておいた信二に説明してもらおうかしら」
「部長」と「代表者」という言葉がうれしかったのか、不機嫌そうだった信二の表情が急に笑顔に変わる。弥生は「単純ねえ」と心の中でつぶやいて、またため息をつく。
「そうだよな、やっぱり最初は部長の俺から説明するのがいいよな」
信二は、もったいぶって咳ばらいをした後、用意してきた資料を机に置く。
弥生は「へえ、ちゃんと事前に勉強してきたんだ。何だかんだ言っても、真面目にやることはなやってるのね」と感心する。
信二が、資料を見ながら古墳について説明を始める。
「そもそも古墳とは何なのか。諸説あるけど、一般的には、『三世紀中頃から七世紀の古墳時代に築かれた、土を持った墳丘をもつお墓』というのが教科書的な定義になっているんだ」
「なぜその時代が古墳時代なんでしょうね?」
金次郎が素朴な疑問を口にする。
「えっ?」
信二が慌てて資料に目を通す。
「ええと、一般的に、考古学者は古墳文化が続いた時代を古墳時代としている……具体的には、前方後円墳の出現と終わりを目安にしている……ってことだな」
と資料をそのまま読み上げて答える。
「古墳文化って具体的にどんなものなんでしょう?」
今の信二の説明に、今度は伊代が首をかしげる。それを聞いた信二が資料のあちこちのページを見るが、すぐには答えが出てこない。すると、
「古墳文化は……」
信二の隣にいる弥生が、資料も何も見ないで説明を始める。
「古墳文化は三世紀中頃から日本列島の中央部に栄えた文化のことよ。同じ頃、沖縄や南西諸島には漁労を中心とした貝塚後期文化が、北海道には狩猟・採集を中心とした続縄文文化が存在していたのよ。つまりこの頃、南北に長く、しかも気候が異なる日本列島には、三つの文化圏が並んで栄えていたと考えられているのよ」
三人は弥生の話を聞いてうなずく。
「沖縄や北海道では狩猟・採集によって社会を維持していたけど、古墳文化の栄えた日本列島の中央部では、それとは全く異なる形で社会が営まれていた。それは、農耕と手工業を組み合わせた生産社会なの。つまり、古墳文化は、農耕が始まり、その結果争いや貧富の差が生まれた弥生文化をベースにして、弥生時代に生まれた貧富の差がさらに広大な範囲で階層化され、いわば『国家』への道のりをたどっていった文化ということもできるのよ」
「へえ~。生産社会に階層、そして、国家への道のりですか」
「社会が大きく変わる重要な時代だったんですね」
金次郎と伊代が、弥生の話に目を輝かせながらうなずく。信二も「なるほど」とつぶやいて感心している。
「それじゃあ、次は具体的に古墳の形について見ていきましょう、部長」
弥生が信二を見て、いたずらっぽく微笑む。信二がハッとして手元の資料を見る。
「お、おう。次は古墳の形について説明するぞ」
信二が今度は古墳の形状について、以下の通り説明を始める。
全国には16万基とも言われる古墳が存在している。
古墳の形は、大きく分けて主に五つに分類される。
その五つは前方後円墳、前方後方墳、帆立貝式古墳、円墳、そして、方墳。
古墳といえば、誰もがイメージするものが前方後円墳。被葬者を納めた円形の後円部と台形の前方部を合体させたもので、「鍵穴の形」として覚えた人も多いはず。
前方後方墳は前方部、後方部ともに台形の形をしたもの。弥生時代末期に登場したが、五世紀には姿を消したと言われている。全国でも五百基ほどしか見つかっていない。
帆立貝式古墳は、前方後方墳に変わって五世紀前半に登場したもの。前方後円墳に比べて前方部が短く帆立貝の形に似ていることからその名がつけられた。
円墳は、その名のとおり円形の古墳で、実は古墳全体の九割を占めているのがこの円墳である。前方後円墳終焉後には円墳が古墳の主役になったとも言える。
方墳は、方形の形の古墳で、序列の低い首長の墓で、他のものに比べて小規模なものが多い。
「古墳をどんな形にするかは自由に決められたんですか?」
伊代が質問する。
「いや、古墳にはきちんとした序列があったんだ。だから、勝手に形を選ぶことはできなかった」
「序列?」
「最上位にあったのが前方後円墳。前方後円墳の築造が許されたのは、ヤマト政権の王や親族、あとはヤマト政権と盟約し政権に参加した豪族の首長など、ごく一部の者だけに限られていたんだ」
信二の説明に伊代がうなずく。
「ヤマト政権との関係が薄かった首長は、次の序列である前方後方墳や帆立貝式古墳を造営することになる。さらにそれよりも下位の首長は、円墳や方墳を築くという仕組みになっているんだ」
「最上位が前方後円墳、次が前方後方墳や帆立貝式古墳、その次は円墳や方墳、となっていたんですね」
金次郎が信二の説明を繰り返す。
「ヤマト政権は、前方後円墳を頂点とした階層化を構築することで、政権の威光を内外に示し、さらに広い範囲まで影響力を拡大することができたのよ。ヤマト政権が築いたこのシステムは『前方後円墳体制』と呼ばれているのよ」
弥生が話を締めくくる。
「古墳の姿っていうと、こんもりとした丘の上に木々が生い茂った姿、というイメージがありますけど……」
金次郎がつぶやく。
「確かに、現在ある古墳を見ると、古墳は当時からそういう姿だった、っていうイメージがあるわよね」
弥生が答える。
「実際は違うんですか?」
「ええ。実は、古墳の発掘調査のときに古墳の表土を取り除くと、その下から斜面全体を覆っていたと思われる貼り石が現れることが多いの」
「石ですか。ということは……」
「そう、古墳の表面は、築造された当初は白く輝く石に覆われていたのよ。そして、その周囲には、赤茶色の埴輪が一列に並んでいたと考えられていたのよ」
「古墳全体を覆う白く輝く石に、その周囲に並び立つ赤茶色の埴輪。すごく目立ちますね」
伊代が声を弾ませる。
「そう。白く輝く石の山、一直線に並ぶ赤茶色の埴輪の列。こうした外見こそが、築造時の古墳の姿だったと考えられているのよ」
弥生の説明にも力が入る。それを信二が「自分も何かかっこいいことを言おう」と思い、慌てて資料を探す。そして、その中に書いてある言葉に目が止まる。
「そうした姿から、古墳は日本の……」
と言って、信二が次の言葉を言おうとした瞬間、
「まさに古墳は日本のピラミッドですね!」
金次郎が興奮しながら叫ぶ。同じ言葉を言おうとしていた信二が金次郎を睨むが、金次郎はそれに全く気付いていない。
勉強会はまだまだ続く。