20章―4
文字数 2,541文字
モレノは踊りかどうかも分からない変な動きで観衆の笑いを誘い、ニティアはブレイクダンスを豪快に決めている。ナタルとミックは離脱したようだが、ソラは相変わらずご機嫌な様子でアコーディオンを演奏していた。
「アース。暇してるんなら、こっち来てお喋りしない?」
突然名前を呼ばれ、振り返る。隣のテーブル席でナタルとラウロが手招きしており、アースは水の入ったグラスを手に移動した。
席につくなり、アースは驚愕する。『
「あぁ、こいつらは[獣]のくせに、うっかり酒飲んじまったんだよ。まぁそのうち起きるだろ」
[獣]となった人間は化学物質に弱く、アルコールも全く受けつけない。ラウロは大して心配していないようだが、[獣]達は時折苦しげに呻いている。ちらちらと横目で伺いながらも、アースは気にしないよう努めた。
「それにしても、まさかこんなことになるとは思わなかったよね」
「ん、どういう意味だよ?」
ナタルはラウロに問われ、溜息混じりに苦笑する。
「ほら、私達ってちょっと前までは居場所がなかったじゃない? でも、私はあんなに嫌ってたRCで働いてるし、アースはお父さんと和解してこんなにも笑えるようになった。あんたはすっかり有名な画家になって、あのフィードと結婚までしたのよ? それもこれも、みんな[家族]のおかげなのかな……」
アースはしみじみと頷く。自分達が[家族]になったのは、二年ほど前のことである。もしあの時赤と黄色のテントを見かけなかったら、このような幸せなど到底掴めなかっただろう。
愛と希望を運ぶサーカス、[オリヂナル]。彼らの公演を目にした者は、どんな絶望の淵にいたとしても光に導かれるという。奇跡のようなこの逸話は[家族]の耳にも届いていた。しかしラウロは、「いや」とゆっくり首を振った。
「確かに[家族]になってから、人生は良い方向に動き出した。でもよ、実際に動かしたのは俺達自身だ。どんなに打ちのめされても諦めなかったから、未来が変わったんだ」
アビニアはかつて『未来は君達の手で変えられる』と語った。その言葉を信じ、三人は見事予言を覆してみせた。そしてその後も、彼らは困難時にどう動くべきかを考え続け、数々のトラブルに対処した。そこに奇跡などない。この未来は、彼ら自身が導き出したのだ。
「僕、みんなと[家族]になれて、本当によかったよ」
自然と言葉が出る。ラウロとナタルはにんまりと笑い、アースの頭をぐりぐりと撫でた。
「あぁ。俺も全くそう思うぜ」
「私もよ。二人共、これからもよろしくね!」
アースはくすぐったくなり、身を捩りながら笑い崩れる。その時、三人の頭上で鋭い風が横切った。
空を見上げると、淡い夕焼けの中、色鮮やかな夕日色の物体が旋回していた。コウモリの形をしたそれは、いつかカルク島で見かけた『道標』と同じで。
「アース! そろそろ戻ってこいよー!」
ダンスフロアでは兄妹や双子、生徒達が手を振っている。ラウロとナタルに送り出され、アースは再び混沌とした舞台へと戻った。その途中で上空に目を向けたが、『道標』の姿は、既になかった。
「なぁナタル。フィードが撃たれた日、覚えてるか? 俺さ、あの時レイに会ったんだよ」
「うそ、師匠と⁉ ていうか何で今言うのよ?」
輪になって踊るアース達から目を離し、ナタルはラウロに疑問をぶつける。彼は夕日色の[蝙蝠]がいた辺りを眺めながら、独り言のように呟いた。
「あいつを見て思い出したんだ。……色がそっくりだったからな」
――――
宴は夜中まで続き、翌日の撤収作業を経てようやく解散となった。それぞれが元の生活へと戻り、[家族]もまた、旅を再開する。
フィードのパートナーとなったラウロは、基本的には[家族]と共に過ごしたが、個展などのイベントの度にカルク島へと戻った。鉄格子が撤去された『檻』(フィードの自室)にアトリエを構え、フィードと愛を育みながら、生涯に渡って作品を作り続けたという。
社長秘書として邁進するナタルは、フィードと共に事業を広げ、両親以上にRCを発展させた。その手腕が認められ、彼女は役員を経て次期社長になるのだが、それはまだまだ先の話である。
レントが代表を務めていたSBは彼の退任後、コンバーの遺志を継ぎ教師となったファビやミン、考古学の道に進んだナトが共同で運営した。その三人だけでなく、ユーリットを始めとする卒業生達、彼らの知人友人、更には周辺住民も協力し、SBはミルド島一番の学び舎となった。
ヒビロとシドナ、シドル姉弟はその後も捜査に明け暮れ、ヒビロの息子であるフィオラも、国際犯罪捜査員として[世界政府]に入った。彼は父以上の活躍を見せ、歴史に名を遺したという。
ノレインとメイラが始めた[オリヂナル]は『冒険記』発表以降、全世界にその名が知れ渡った。
クィン島、フィロ島の取材旅行で出会った現地民の協力により、[オリヂナル]の支部が各地に設立された。巡業せずその地で定期開催するため、居場所を失った人々は噂を聞きつけ、赤と黄色のテントに押し寄せる。こうして加わった新たな[家族]達は腕を磨き、多くの人々を魅了した。
本家[オリヂナル]はもちろん、銀色のキャンピングカーで全世界を駆け回った。バックランド夫妻が引退した後はモレノが団長となり、デラとドリ、夫婦となったアースとミックが彼を支えた。[家族]は各地の支部と連携しながら、面白可笑しく、公演活動を続けたのだった。
より多くの孤児を救い、『家』で得た教えの全てを知ってもらいたい。かつて居場所を失った青年が抱いた『夢』は時を経て花開き、関わった全ての者に、想いは受け継がれてゆく。
[オリヂナル]が掲げた『愛』と『希望』。これらが心の内にある限り、人間は互いに分かり合えるのだろう。五つの[島]に分裂した[
Love and Hope
(『愛』と『希望』)
(完)
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