19章―4
文字数 2,739文字
「ヒ、ヒビロさん! 今まで恥ずかしくてずっと黙ってたけど……俺達、最初からつき合ってたんだよ!」
「はぁっ?」
[家族]全員口をあんぐりと開ける。ヒビロは「おいおいちょっと待て」と、彼の両肩をがっしり掴んだ。
「三年前、いや、もう四年前か。強引に本社の地下室に連れてかれたってのは……」
「強引じゃない、ちゃんと同意の上だ!」
「手足を繋がれたりモブ社員に暴行されたのは?」
「そっ、それはこいつの趣味だ! 他の奴らは……うーん、あんなの暴行のうちにも入んねぇよ」
「ナタルに助けられたり、[家族]の所に逃げたのは?」
「ちょっと喧嘩しちまったんだよ。ナタルはたぶん、俺が殺されそうって勘違いしただけだ。なぁそうだろ⁉」
ラウロは真っ赤な顔で同意を求める。ナタルは激しく動揺しつつ「そ、そうかも?」と答えた。ヒビロは長々とした溜息を吐き、子供を諭すような口調で質問を重ねる。
「じゃあ何で、こいつから二回も逃げてるのさ? 証拠の音声を聴いても、もう耐えられないって感じだったぜ。あの夜もそうだ。蛇野郎の悪事を洗いざらい話してくれたじゃねーか?」
『蛇野郎』の一言に、フィードは露骨に顔をしかめさせる。ラウロは相変わらず照れた様子だったが、強い言葉で言い返した。
「あんな窓なしの辛気臭ぇ部屋にいたら、誰だって病むだろ。それに、俺はあの時[家族]と旅がしたかった。こいつが追っかけてきたのはナタルを取り戻すためだし、俺に構うのも、[家族]に嫉妬したんじゃねぇか?」
「ラウロ、言い訳はもういい。返って見苦しいだけ」
「うるせー! あんたは黙ってろ‼」
フィードの説得を遮るように、ラウロは逆上した。モレノと双子は必死に笑いを堪えており、夫婦やミックでさえにやにやと様子を伺っている。ラウロは無理やり気を落ち着かせ、ヒビロを真っ直ぐ睨みつけた。
「そもそも悪事っつったって、俺以外に迷惑かかった奴なんかいねぇよ。俺は、フィードのことを心から愛してる。監禁も暴行もされてない。だから、こいつが捕まる理由なんてないはずだ」
数十秒の沈黙。フィードは細い目を大きく開き、ラウロを見つめている。ヒビロは真剣に眼差しを受け止めていたが、目を伏せ、ひらりと両手を上げた。
「当事者である君がそう言うんなら、仕方ねーな。んじゃ、次期社長様がいろいろやらかしたのはただの噂だった。ってことだな」
[家族]は歓声を上げる。ヒビロは退室しようとするが、メイラに「ちょっと待ちなさいよ!」と呼び止められた。
「ヒビロ、あんたもしかして、最初からこうするつもりだったの?」
「まさか。俺個人としては蛇野郎を監獄にぶちこみたかったさ。でもまぁ、せっかくくっついたカップルを引き裂くのは、さすがに可哀想だろ?」
フィードはヒビロを一瞥し、複雑な表情のまま鼻を鳴らす。ヒビロは[家族]皆にウインクをばら撒き、病室を去った。彼の本心は分からないが、きっと、ラウロ達や今後のRCを想っての決断かもしれない。
アースは再びベッドに視線を戻す。モレノと双子はフィードの頭をわしゃわしゃと掻き回し、ミックは冷めた目で兄を睨んでいる。夫婦とナタルは満面の笑みでラウロを交互に小突き、彼は照れ混じりの顔で何やら喚いていた。
今度こそ、事件は全て解決したのだろう。この幸せな光景を目の当たりにし、アースはしみじみと実感する。様々な人間の『愛』が実を結び、『希望』への道が開かれたのだ。
――
『この度は、誠に申し訳ありませんでした』
ポータブルテレビから響く、機械じみたフィードの声。無数のフラッシュが焚かれ、画面の中の青い『蛇』は一瞬にして白く消え失せた。
あれから二週間が経ち、暑かった夏は過ぎ去ろうとしている。フィードはまたしても驚異的な回復力を見せつけ、無事退院した。そしてその足でRC本社へと戻り、一連の事件の謝罪会見を開いたのだ。
放送はもちろん生中継であり、全世界の人々が注目している。テーブル上の小さな画面に[家族]全員が釘づけとなり、その様子を見守っていた。
「フィードさん、前回より丸くなったっすよねー」
モレノは感慨深く呟く。確かに以前の謝罪会見と比べるまでもなく、フィードの応対は明らかに変わっていた。敵意丸出しの口調は角が取れ、眉や口角の動きも出て表情が分かりやすい。メイラはモレノの背中を叩きながら、得意げになる。
「当たり前でしょ。あたし達のおかげで、フィードは人間に戻ったんだから!」
「ママ、フィードは元々人間よ」
ナタルはツッコミを入れるが、笑いを堪えきれずテーブルに突っ伏した。続いてラウロも吹き出し、次々と笑いが伝染してゆく。そんな中、一人の記者の質問が耳に届いた。
『前社長に撃たれた際、知り合いらしき女性が真っ先に応急処置したと伺っております。彼女は恋人ではないか、との声もありましたが、これは事実でしょうか?』
フィードの眉がぴくりと動く。記者達は一斉に詰めかけ、嵐のようなシャッター音と共に画面が強く瞬いた。ラウロはポータブルテレビを両手で鷲掴みにしながら、「俺は女じゃねぇよ‼」と怒鳴りつける。[家族]は皆涙を流して笑い転げた。
「はぁ……これで、よかったのかな」
笑い疲れた頃、ナタルはぽつりと呟く。「どうしたの?」というミックの問いに、彼女はどこか寂しげに、再度息をついた。
「母さんがいなくなってから、私はRCに……父に、復讐したかった。でもあの人の本心を知った時、私はなんにもできなかった。文句も言えなかったし、『父さん』、って呼ぶことも……」
ナタルは椅子にもたれかかり、力なく天井を見上げる。アースは突然、一年ほど前の『予言』を思い出した。
彼女の未来を見たアビニアは『大きな決断の末、後悔するだろう』と予測した。本人は『ラウロを助けに行く時のこと』だと言っていたが、本当にそうなのだろうか。
思考を巡らせていると、ノレインは「まだチャンスはあるぞ」と発言する。
「ヒビロから聞いたが、[世界政府]本部にて裁判が行われるそうだ。ナタルも証人として呼ばれるだろうから、もしかしたら面会も出来るかもしれないなッ!」
「そうよ。永遠の別れじゃないんだから、諦めちゃだめよ!」
モレノと双子も、メイラに続いて「そうだそうだ!」と盛り上げる。ナタルはようやく笑顔になり、画面の中のフィードに視線を向けた。
「うん、そうよね。決めた! 私、RCの力になりたい。母さんと、父さんが立ち上げた会社だもの。私だって恩返ししなきゃ!」
一瞬間を置いて、[家族]は大歓声を上げる。いち早く飛びついたシャープとフラットを撫で回す彼女は、弾けるように笑っている。その姿を見て、こちらまで嬉しくなった。
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