博物館(オゼン目線)

文字数 1,205文字

 モノを鑑賞する時には視覚情報がメインになる。初めて目にするものは確かに興味深く、心躍らせるものであるが、そのモノを彩る物語は視覚情報だけでは補完出来ない。そこへ「音声ガイダンス」というものはなかなかいいアイディアだと思う。耳の傍で、補完情報をずっと囁き続けてくれる。背景にある物語を語る。目の前にあるモノは時間の記憶を纏い彩を増す。

「なるほど、考えたな……」

 オレはアインと共に博物館の企画展に来ていた。展示会場の入口でチケットを検めた後、手荷物はすべてロッカーに預ける決まりになっていた。いわゆる貴重品といわれるものも全部だ。さすがにここまで徹底しているのは初めてだ。展示を見に来た者の手にあるのは、博物館側が提供した音声ガイドのみ。ま、オレ等はフォーカスを付けているわけだが。

「すごいね、これ」

 アインは先程からローマングラスに夢中になっている。砂漠に埋まっていた古いソーダ石灰ガラスの表面が脱アルカリ化により虹色に煌めいているという代物だ。

「1000年以上砂に埋もれていたんだってさ」

 同じ音声ガイド使ってるんだから、オレにももたらされている情報だ。でも、アインに溜め息まじりに復唱されると、ストンと腑に落ちる。ガイドの落ち着いた声も悪くないが、やはりオレにはアインなんだな。

 次のコーナーはいよいよ服飾装飾工芸だ。ダイヤの原石の展示には物々しく警備員がひかえている。展示品の前でそれぞれ鑑賞に没頭している高等生物の姿をそれとなく眺めまわしてから髪をかき上げる仕草でフォーカスのスイッチをオンにした。視界に様々な記号、点滅するサインが展開する。音声ガイドが熱く悠久の浪漫を語るのに反して、フォーカスは冷淡に「Au」とか「Al₂O₃」とか組成を表示するのが笑える。

 問題のダイヤの原石は、カラーストーンを散りばめられた金細工の鳥籠のようなものに納められていた。これを王族の天蓋の内に吊るしていたらしい。警備員の姿を視界の隅に、展示品をのぞき込む。音声ガイドでは、空から落ちてきたという曰くを説明していた。その出自から発見当初は隕石の衝突で生じた巨大なリビアンガラスと思われていたものが、ダイヤの原石と判明した経緯が語られる。

 オレはアインと目配せして、フォーカスによるスキャンを開始した。チチッと小さな音がして、原石を囲う赤い〇が表示された、と思ったら、そこからあふれ出るように視界いっぱいに文字、記号が展開し始めた。点滅するイメージ。数式、グラフのようなもの。視線が追いつかない。どういう、ことだ? アインも目を見開いて固まっている。

(これ、天然ものじゃない。人工物だ)

 アインが、

で呟いた。

(ああ。これは、炭素の単結晶を半導体とした記憶媒体……)

 ってことは、ナニモノかの目的は、これか?
 オレは証拠として一部だけコピーしてフォーカスを切った。
 圧倒的な情報量に頭がおかしくなりそうだ。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み