第1話 【誰かのモノローグ】

文字数 990文字

「風邪ですね。お熱だけなので、薬は要りません。もし朝まで水分も摂れないようなら、午前中にかかりつけを受診してください。お大事に」
 同じセリフを何度言うのだろう。深夜二十四時前後は患者が増える。家族を不安にさせる時間なのだろう。

 次の人を呼ぼう、と思った刹那、PHSが鳴る。
「消防から、救急車の受け入れ要請です」
 この病院は、地域で唯一、子どもの救急患者を断らない。
 詳細を聞いて、「どうぞ」と返事をする。到着までに数分あったので、喘息の子を診察して、吸入の指示を出した。

 直後にサイレンの音。救急車の到着だ。一歳男児。約二分の全身性間代性痙攣(ぜんしんせいかんだいせいけいれん)。高熱有り。今は泣いている。首が柔らかいことを確認し、一通りの診察をした。涙を流す母親に熱性痙攣(ねっせいけいれん)の説明をする。これも毎度同じ内容。痙攣予防の座薬を入れ、三十分間院内で様子を見るようお話しし、診察室へと戻った。

 三人待っているな、と電子カルテの画面を確認する。するとまた電話だ。一息すらつかせようとしない街だ。そう思い、ぶっきらぼうに応じる。受診の相談のようだ。男性の声だった。夜中は父親からの相談も多い。

「夜分にすみません。先月生まれた子なんですが、泣き止まないんです」
 電話相談で、最初に「すみません」と言ってくれる親は半数程度しかいない。好感を持ちつつ必要な質問をする。ミルクは飲める。高熱や嘔吐があるわけではない。涙も流しているし、もちろん声も出る。超緊急ではないようなので、こちらは安心すると同時に、更にたまってきた診察待ち患者さんに気を取られ始めた。
 しかし父親は続ける。「でも、本当に不機嫌なんです。実は今日だけじゃなくて、一昨日もそうでした。昨日ですか? 昨日は妻がみていたんですけど、大人しくしていましたね。僕が抱くと駄目みたいなんです。この子か、僕に問題があるんでしょうか?」

 電話を早く切ろうと思っていたはずだが、ふと肩の力が抜けた。笑い声が漏れないように気を付けながらお話しする。「お父さん。お子さんにはきっと問題ありませんし、お父さんも大丈夫ですよ。うーん、病気ではなくて、なんでしょうね。言い方が悪かったら申し訳ないですけど、心地よさ? うちの子も同じでしたよ。お父さん、今はちょっとつらいけど大丈夫です。一緒に子育て頑張りましょう」
 二十四時五十分。待ちの患者は七人に増えていたが、不思議と気持ちは(なご)んでいる。
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