第1話 邂逅

文字数 962文字

 いるかはいつも、昨日の新聞を読んでいた。世界から二十四時間だけ取り残された彼女は、細すぎるからだと黒い髪の下に、秘密の野望を隠していた。バサバサという大きな鳥が翼を休めるような音を立てて新聞を畳む彼女はかつて、ぼくの大切な人だった。
 




 いるかは学校の近くの本屋で、ぼくに声をかけてきた。青いTシャツから知らない少女の白くて細い腕が伸びていた。夏だったのだ。
 「怪しいものじゃありません。こういう時点で怪しいですけど、でも怪しいものじゃありません」
 いるかは今思えば万事がこんな感じで、周囲の出来事が彼女独自の論理を持って動いていた。彼女はうちの高校の新聞部員として、本屋のお客であるぼくにインタビューしたいと言った。本屋の隣の喫茶店に入り、彼女がウエイトレスに人差し指と中指をたてて「二人です」と言った時、ぼくはどきどきした。ぼくは高校二年生だったが、女の子と喫茶店に入ったことなんてなかったからだ。

 「リラックスしてください。正解があるわけじゃないんですから」桃色の表紙のノートにメモを取っていたいるかが途中で口を挟んだ。ぼくはあがりすぎていた。
 「本当にそうでしょうか」口にした時に「しまった」と思ったが、遅かった。
 「?」
 「人と話す時、正解って本当にないんでしょうか。相手を喜ばせるのは、一種の正解ですよね。ぼくは人間関係にも正解があると思います」
 「……なるほど。わたしも正解を探しているのかも。だからこんなに

して」
 「予習?」
 彼女は答えなかった。オレンジジュースの氷が、からりと乾いた音を立てた。

 インタビューはそれからも、三十分ほど続いた。
 「いいですね」「それ、本当ですか?」「まさかあ」
 いるかの言葉の一つ一つが嬉しく、時間が過ぎるのが早かった。それは一秒がより早く終わってしまうということで、ぼくはその一秒により多くの言葉を押し込もうと躍起になった。会話の終わりに、ぼくはありったけの勇気をかき集め、彼女に連絡先を聞いた。最上の勇気があれば、ヒーローなら世界を救えるだろうが、ぼくにできるのはそれくらいだったのだ。
 それが

だったのかは、今もわからない。

 (続)
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