序幕

文字数 496文字

「――結婚しないか」

 それが、あまりにも唐突で、且つ日常の延長だったものだから、申し込まれた当の安樹鈴(アン・スリョン)は目を剥いた。
「……正気ですか?」
 思わずこう返してしまったスリョンを、誰も責められないだろう。相手が、この国の第三王子でさえなければ。
 ただ、当の第三王子・彩雲君(チェウングン)、こと李影環(イ・ヨンファン)も、そう言われることは予測済みだったらしい。苦笑して肩を竦めた。
「……言われると思った」
「だったらわざわざ口に出さないでくださいよ」
 同じように肩先を上下させると、スリョンは座り込んでいた石段の上から腰を上げた。
 馬の尻尾のように、頭頂部へ結い上げた漆黒の髪が、彼女の動きに従ってヒラリと跳ねる。
「内容は本気なんだけどな」
 続いて腰を上げる彩雲君に、スリョンは()め付けるような視線を向けた。
 その先にいる青年は、いかにも王族と言った品位のある端正な顔立ちを、少しだけ傷ついたように曇らせている。
「大体、あたしに対する求婚も何度目ですか? そう何度も回数重ねられたら、却って真実味が失せますけど」
「本気だって言ってるだろ」
「想う方がおります、って申し上げてます」
 それで話を打ち切るように、スリョンはきびすを返した。
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登場人物紹介

安樹鈴《アン・スリョン》(16)


(一応)主人公。性別・女。血液型・A。身長・155cm、体重43kg。

貰冊店《セチェクチョム》〔貸本屋〕を営む家の娘。趣味は読書。好奇心旺盛で、何にでも興味を示す。

いずれ、作家兼貰冊店を営んで、生涯独身で過ごすのが望み(想う人と結ばれないのが分かってるから)。

その為、武術も身に着けるべく男装して訓錬院《フルリョヌォン》に潜り込み、ずっと見取り稽古をしていた。彩雲君《チェウングン》とは、ここで出会った。以来親しくしており、彩雲君の伝で訓錬院へ堂々と出入りができるようになった。

そのまた伝で、最近は訓錬院や捕盗庁《ポドチョン》で茶母《タモ》の仕事もしている。

スリョンのほうは、彩雲君を友人としてしか見ていない。

近所に住んでいるヒョヌとは幼馴染みで、ずっと片想いしている。

柳亨雨《リュ・ヒョヌ》(19)


スリョンが想いを寄せる男性。血液型・A。身長・170cm、体重70kg。

中流両班で、近々書堂《ソダン》の講師になる。

当代世子《セジャ》・李水環《イ・スファン》(19)とは学友。揀擇《カンテク》前の下見的な、王室の交流会で出会った世子嬪《セジャビン》候補のソニェに一目惚れし、今も想い続けている。

スファンには、いずれ自分の片腕として出仕して欲しいと言われているが……。

諸仙惠《チェ・ソニェ》(17)


ヒョヌが想いを寄せる女性。血液型・O。身長・160cm、体重・50kg。

当代世子嬪。

当代王・李天環《イ・チョンファン》の王子・彩雲君に片想いしていたが、その異母兄である世子・スファンの正妃揀擇に出ることになってしまい、世子嬪に冊封されてしまう。

彩雲君《チェウングン》(18)


本名・李影環《イ・ヨンファン》。字《あざな》は埼潭《キダム》。

血液型・B。身長・165cm、体重・55kg。

当代王の第三王子。母は宋嬪《ソンビン》・全潤瑛《チョン・ユニョン》(38)。

ある時、フラリと顔を出した訓錬院で出会ったスリョンと親しくなる。最初は男だと思っていたのが少女だと分かり、やがて想いを寄せるようになる。

けれど、片想いであることも承知している。

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