第2話 伊ノ原 侑理(28)

文字数 2,508文字

 私は、お金が欲しかったわけではありません。
私は裕福な家に生まれました。名誉も権力も私の一族は持ち合わせていたのです。
それ自体、とても光栄でした。
それに、父と母が努力して築き上げたものでもあったのです。
私はそれがとても誇らしくて。
二人は、もう働かなくたって一生を過ごせるだろうという程の莫大な財産があったとしても、まだ働きました。二人にとって仕事は生き甲斐だったのです。

私の世話は、家政婦に任せっきりでした。
寂しい、と思ったことは一度もありません。
寂しいという感情すら出来ない程、私は父と母に会った事はありませんでした。
ですから、私は寂しいという感情以外にも両親から教えてもらった感情は一つもありません。
ですが、何か心がいつも足りない……そう、例えばパズルのピースが一つ足りないというような状態のまま生きていました。
ええ、勿論二人なりに愛してくれていたんでしょうね。
私にはその愛が未だに分かりませんが。
欲しい物は何でも手に入りました。たとえ、どんなに希少価値の物でもね。
だから、私はプレゼントを貰う度に次のプレゼントを要求しました。しかも、前よりも無理難題な物を。それでも、彼らはこなしてしまったのです。
私は、それが少し面白くなくて。
欲しい欲しいと言っていたくせに、いざ貰うとまるでゴミのように投げ捨て興味を失ってしまう。今、思えばその行為はたんに両親の注目を浴びたかっただけだったのだと思います。
けれども、何をしてもダメで。
物は増えてもピースは減っていくばかりでした。

そんな不器用なやり取りがずっと続きました。

 私は何に対しても興味が無いまま、ただそれを誰にも悟られないよう誰も私から離れないよういつも嘘の笑顔をふりまきながら、成人を迎えました。
ある日、大学の同じ学部の男性に
「好きです」
と言われました。付き合う事になって、彼が後々私の夫になる人なのですが。
好きだったかって?
いいえ、全く。
今までも好きだと思った事は一度もありませんよ。最初に申したでしょう?

私は感情を教わらなかった、と。

誰に対しても、好意や悪意を寄せたことなどありません。他人に興味など湧きませんし。
私は、彼が告白してプロポーズした事に従ったまでです。

 私達二人は、両親が用意した豪華で煌びやかな結婚式を挙げました。そこに大勢の人を招いて。彼、彼女達は、みな、歓声をあげていました。私達の結婚式を祝うという感じではありませんでした。夫はそれに不服そうでしたが、私にはどうでも良かったのです。
「こんなに贅沢できて、羨ましいわ。私も貴方みたいだったらどんなに良かったか。」
と、誰かが言いました。
それで、初めて気付いたのです。
私のこの生活は、他の人達にとっての普通ではないって。
私は、《特別》だと。

私の心の中に何かが芽生えました。

今までに持ち合わせた事の無かった感情。まさに、それです。
羨ましく思われる事に特別な感情を持ったのです。
胸が高鳴る、胸が躍る……どう言葉で表現すれば良いのでしょうか。
きっと貴方は普通の人間なので分からないでしょうね。
その時の私の心臓は、落ち着くという事を知りませんでした。

羨ましく思われたい、ただそれだけでした。
注目を浴びるという事が快感だったんです。

 私は毎日のように自宅でパーティーを開くようになりました。
お茶会、晩餐会、持ち物・買ったばかりのブランド物のお披露目会など。
ですが、何度も何度も開いていると次第に訪れる人は減っていきました。
おそらく私があまりに何でも持っているので気後れしたんでしょうね、あの人達は。
私はその現状に耐える事が出来ませんでした。
私に注目が無くなるのが嫌だったのです。
だから、次の手を考えました。

それは子供のお披露目会でした。

 また我が家は賑やかさを取り戻しました。
一人目の子は女の子でした。
可愛らしい私の娘を一目見ようと人々はこぞって訪れました。

 一人目の子が飽きられると、二人目の子を披露する事にしました。
二人目の子は男の子でした。
跡継ぎになるであろう息子の将来に人々は胸を膨らませました。
人々は、子供達をうっとりした目で見ていました。

人々が訪れる事を望んでいた筈なのですが、思ったのです。


これは、違う。


 注目されたい……注目されたい!
どうして私を誰も見ないのですか?
夫も、私をずっと愛すると誓ったくせに私よりも子供子供……。
「理想の旦那さんね。羨ましいわ。」
と誰かが言いました。

私は、こんなの求めていない。

 私は、ますます買い物をするようになりました。
お気に入りのブランドの新作は、いつだってうちのクローゼットに揃っていました。
夫は、そんな私に
「豪遊するのはいい加減にしろ!」
と冷たく怒鳴りつけました。

夫はもう私を愛していない、とその時悟りました。
心の中で何かが崩れていく気がしました。
それは、いつからか埋められつつあったパズルのピースだったのでしょうか。

夫でさえ私を見てくれない。

私は、人々の目を自分の方に向ける良いアイデアが思い浮かびました。
すぐに私は人々を家に招く準備に取り掛かりました。

 一か月後、私は大勢の人を自宅に招き入れました。
思った通り。
枯れ、彼女達は私の周りに集まってきて、みな、私の方を見ました。
私の顔を見た途端、涙を流す者まで現れました。
それ程、私に会いたかったのでしょうね。
私は優しく彼女の背中をさすりました。
「貴方もまだ若いのに……。」
と誰かが言いました。
私は、眉を下げて困ったかのような表情をしました。
きっと、彼女はそういう顔を求めているのでしょうから。

「子供達もまだ小さいのに……。」
と誰かが言いました。

違う。
私だけを見て。

 私の手元に多額のお金が舞い込んできました。
私は、そのお金をわずか数週間で使いきってしまいました。
人々は、冷ややかな目で私を見ました。
子供が可哀相だと言いたげな目で。

違う。
可哀相なのは、私でしょ?


 私は、また人々を家に招こうと準備に取り掛かりました。

「痛いよ、やめて!」
と誰かが言いました。


 ……結局、せっかく準備したのに家に人々を招く事無く貴方に招かれてしまったのですが。
でも、良いんです。
だって、貴方。

私だけを見てくれるんでしょ?


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