第1話 秋川 怜(16)

文字数 2,716文字

「上手くいかない事なんていっぱいあるじゃない。」
と、人は言う。


私が上手くいかないと感じたのは、いつだったっけな。そう、確か十二歳の時。



私の周りにいつも人はいなかった。彼らは、あっちがいい、こっちがいいって意見を言うけど、私は話の輪に入らずボーっとしている。
ボーっとしている時ってね、自分の頭の中で『もしも』の世界を作るの。


「もしも、今、この場所に殺人鬼が入ってきたら。」


 私はどうやって逃げようかな。誰が一番最初に犠牲になるのかな。
そんな小さい子がそんな事、考えるわけないって思うでしょ? 
そういう子はね、テレビとかで見た情報から吸収されている。無邪気に悪気無く想像する。
たまに、空想中に
「貴方は?」
って意見を求められる時がある。
勿論、話は聞いていて(たまに聞いていないけど)みんなと全く違う答えを出した時、一瞬で空気は凍りつく。
人は、自分と違う異端を受け入れようとしないから、私の周りだけ穴があいたように人が遠ざかる。
まるで、ドーナツみたいに。
そして、穴の中心にいる私に向かって悪口を言う。

慣れている。

だから、人間関係が悪くても何とも思わなかった。
幸いな事に、私は成績優秀だった。先生からの好感は誰よりもあった。
両親からも褒められた。四歳下の妹も凄いって私を誇りに思ってくれた。

だから、家の中で怒号が毎日とび交っていても私はとっても幸せだったの。両親が、私と妹の誕生日以外、仲が悪くても。妹が陰で私をバカにしていても。


12歳の時、お母さんとお父さんはさよならした。私はその意味をしっていたけど、妹はよく分からなかったみたい。

「お父さんは、いつ帰るの?」
って、妹が言った。

次の日に算数のテストがあった。

妹が初めて満点を取った。
私は初めて最低点を取った。
お母さんが溜息をついた。

 しばらくすると、新しいお父さんが出来た。私達は新しいお父さんと新しい家に引っ越した。知らない土地。

「もしも、この土地で新しく生まれ変われたら。」
と想像してみる。
私は、今までの自分とは違う自分になろうと思ったの。

私は今までの学校生活で、他の女子がしていた行動を必死で真似しようと思った。
可愛らしいと言われる女の子は、確か、声が小さくて高くて。あと、字も小さくて丸い。優しくて笑顔が多くて……。あと、目立たない事。嫌われる事に慣れていたけど、嫌われたいわけじゃない。どうせなら、好かれたい。

「もしも、私を誰かが好いてくれるなら。」

そのかすかな希望もうち砕かれた。
ちゃんと真似したのに。何がダメだったんだろう。


「ブス。」
と男の子がいった。


あぁ、そっか。
顔がダメだったんだ。


「ただいま。」
家に帰ると、妹が楽しそうな笑い声をあげているのが聞こえる。お母さんに学校での出来事を話しているのかな。
妹は上手くいったみたい。良かった。

……うん、良かった。

新しいお父さんが帰ってきて家族で夕食。目の前に座ったお父さんの顔をチラっと見た。顔がシュッとしていて整っている。そういえば、前のお父さんはのっぺりとした顔だった。お母さんは、綺麗だし。
妹はお母さん似だな。羨ましい。


 私は、中学生になった。小学生から一緒の子達。別の小学校の子達。私の嫌われ度合いは変わらなかったけど、友達は出来た。

「今日、用事あるから当番変わってくれる?」
うん、いいよ。
「この前、行った店、また行こうよ~。」
私、誘われてない。
「あのブランド、めっちゃダサくない? ってか、キモい。」
……それ、私が好きって言ったのに。
「私達、みんなずっと友達だよ~!」
そうだね、友達だよね。


だったら、どうして私へのいじめを見ないフリするの?


 私は大丈夫、私は大丈夫。目の前で悪口を言われても大丈夫。友達が侮辱しても大丈夫。
先生に訴えて、先生がいじめっ子の肩を持って逆に謝らされても大丈夫。
お母さんが、私の顔を見て
「何であの男に似てんのよ!」
って怒って私を叩いても大丈夫。お父さんが、
「お前がいなくなれば良かったのに!」
って私を殴っても大丈夫。
私が悪いんだもん。私の存在が悪いんだもん。

大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。


そうだね、事故で死ぬのは私だったら良かったね。


頭は悪い、運動は出来ない。誰からも嫌われている。
私の生きる意味って何?

私は想像してみた。

「もしも、私がこの世界から消えたら。」
みんな、幸せなんだろうか。


 私は、高校生になった。同じ中学の子達が少なそうな場所を選択した。
登下校には電車を使う。私は毎朝、ギュウギュウに人が詰められた閉鎖的な箱の中で揺られながら、学校に通った。誰も面識のないクラスメート。今度は、誰かに好かれようと努力せず、静かに過ごそうと誓った。

「ただいま。」
帰宅すると、母の啜り泣きが耳に入ってきた。きっと、また妹の写真の前にいるのだろう。

そんな事したって、あの子は帰ってこないというのに。
イラっとした。


 今日も、電車に揺られている。二駅目で、同じ制服を着た女子二人が入って来た。
静かな電車の中で二人のヒソヒソ話が聞こえる。
私は心臓の音が速くなった気がした。
二人は話しながら、プッと吹き出す。
呼吸が段々と荒くなる。

「もしも、私の悪口を言っていたら。」
という想像が私の脳裏によぎった。
笑われているのは私なんじゃないかな。
でも、あの子達知らない。
きっと、考え過ぎだ。

そう思っても、悪い想像がその後も離れる事は無かった。

 帰りの電車で、五十代位の男性にぶつかった。私はとっさに謝ろうとしたが、それよりも先に
「チッ。」
という舌打ちが聞こえた。

悪いのは私じゃないのに。

ぶつかってきたのはそっちだろ。
苛立つ事が多くなった気がする。

 帰ると義父と母は外食していた。
夕食は用意されておらず、私はとりあえずカップ麺でも食べようと湯を沸かす。キッチンで三分待つ。暇だなと思いつつ、他の場所に行くのも面倒。

その間、変な想像をしてしまった。
キッチンにある引き出しに手をかける。

でも……とやっぱりやめた。


それは、良くない事だもの。


 家庭科の時間が中断されて、先生が私の家に電話を入れた。
別にそんな事くらいで電話入れなくて良いじゃない。


あの子が笑ってたから、苛ついただけなのに。


ねぇ、お母さんお義父さん。どうして私をそんな目で見るの? どうして? どうして?


あの時、私は想像したの。

「もしも、この世界が私から消えたら。」

私は幸せになれるんだろうか。


 その数日後の朝、知らない人達が家を訪ねてきた。

ごめんなさい、お母さんとお義父さんは眠っちゃっているの。
私しか、応じられないの。


上手くいかないなら、もう、何もいらない。




 ……これが私のした事です。他に聞きたい事ってあります?
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