第9話

文字数 807文字

 葬儀から日が経つに連れて、徐々に、亡くなったという実感が湧き始めてきます。

 今朝も、日課の水遣りをしながら、ふとまた誰かの視線を感じた気がして、その方向へ視線を向けても、やはりそこには誰もおらず。




 たわわに咲く、パンジーやビオラの花殻を摘みながら、その中に、埋もれるようにして芽吹いたその葉っぱは、昨年植えたガーベラでした。

 ガーベラの花言葉は、『希望』『常に前進』。冬、すっかり地上部の葉を落とし、枯れてしまったように見えても、春になれば、再び地上にその姿を再生する、宿根草です。

 日ごとに明るくなる春の陽射しに、幾枚もの新たな若葉を立ち上げ、小さな蕾をたくわえています。私にはそれが、祖母に宛てた手紙の、お返事のように感じられました。

 今頃は祖父と再会し、あちらの世界で、おデートを楽しんでいるのでしょうか。




 夕食後、久しぶりに作ったプリンを、夫と二人で食べながら、遠い遠い昔の祖父母に、思いを馳せてみました。

 あの大空襲の中で、祖父母や、同行した人たちが生き延びることが出来たのは、簡単にいえば、運が良かったから。

 でも、それは偶然ではなく、彼らが生きる運命を持っていたからこそ、絶体絶命のピンチを切り抜けられたのです。

 極限状態の中で、祖父や祖母を導いた、不思議な『手』は、かつて私にも伸べられたものですが、それはまた、別のお話。




 祖母を見送ってから、さらに時間が経過し、自分の親世代を心配する年代に差し掛かろうとしています。

 平和な時代に生まれた私には、そこまでの過酷な経験こそありませんが、大変な困難を乗り越えてきたその生き様には、どんな言葉で説明されるよりも、強い説得力がありました。

 いつか私が、乗り越えられないほどの壁に突き当たったとき、きっと、大きな指針になってくれる気がしています。


 The proof of the pudding is in the eating.
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