第10話 デッサン「病院」

文字数 844文字

※病院※

 表には木製のロングベンチがあって、そばにはパイプ椅子が一脚あった。
 玄関口は人が二人入れば肘がぶつかるくらいの狭さで、丈の低いシューズボックスに緑のスリッパが並べられている。
 患者たちの靴はシューズボックスに収められているのが半分、上がり框の前に並べられているのが半分だった。
 スリッパに履き替えて待合室に入ると、右手前にすぐ受付があり、診察券と保険証を入れるためのアクリルの箱があった。待合いのリストに苗字をカタカナで記入するとすぐに、若い医療事務の方が「どうなされましたか?」とアクリルのパーテーション越しに声をかけてきた。
「インフルエンザの予防接種を受けに来ました」と答えると、「掛けてお待ちください」と指示された。受付けの中はは四畳半ほどのスペースに書類が雑多に置かれていた。
 待合室は大画面の液晶テレビがあり、それを取り囲むようにコの字型にローソファーが配置されていた。壁際には簡素なダイニングチェアーや丸椅子があり、無理やり収容できる人数を増やしている印象があった。
 本棚が二つあった。一つは背表紙の色あせた漫画本が並べられていて、もう一つは雑誌が斜めに面陳されていた。新聞ラックが一つ、それと物書き用のデスクが一台。
 診察待ちの人たちはほとんどが老人だった。白髪、色あせたカーディガン、モンペパンツ、曲がった背筋、咳払い、その中に東南アジア系の顔をした若者二人がいて、なにかベトナム語と思われる言葉で会話をしていた。
 テレビには朝のニュース番組が映っていた。キャスターの頭髪はヘアオイルでベタベタに光って見えた。ニュース読みの時間はもう過ぎていて、コメディアンがバスケットボールを持ってフリースローを構えていた。
 テレビの中のコメディアンは自分の容姿の悪さをネタにして笑いを取るような男だったが、そのだらしなく不摂生を極めたような肉体を包んでいるのはブランドもののスーツだった。
 その貧と富のキメラを、健康を害した老人たちが眺めていた。
 生気のない瞳で眺めていた。
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