第6話

文字数 994文字

 料理が来た。こんな時でも彼女は、「いただきます」と手を合わせていた。僕も彼女に倣うようにして料理に手を付けた。
 「……」
 味なんてするわけがない。
 もう終わりだと彼女は言った。僕もそう思っていた。こんな関係、続くはずがない。僕もそのつもりで来た。そのはずだ。そのはずなのに、彼女の言葉が頭から離れない。
 僕は東京に居たかったはずだ。誰よりも、ここにいることを望んでいた。けれど僕は、もうここから離れることを受け入れている。
 逃げるんだ、僕は。分かってる。
 きっと彼女は、それに気づいてる。
 その後ろめたさが、僕にこの関係への未練を感じさせていた。
 未練なんてないと、そう思っていたのに。
 そそくさと食事を終えた僕らはそそくさと店を後にした。
 外は一面の雪景色だった。夜の底が白く染まる。街行く人は、誰かれも暖を求めているように見えた。
 僕はジャケットのポッケに手を突っ込み、彼女と駅まで歩き始めた。
 「電車停まってないといいね」
 「そうね」
 この会話は、もしかしたら余計なものだったのかもしれない。駅に着くと、電車が止まっていた。幸い改札を通る前に気が付いたので、僕らは駅を出た。
 「凄い雪だね」
 「そうね」
 「……」
 僕らはあてもなくあたりを歩いた。雪が靴に滲む。靴下がびちゃびちゃに濡れ、足の温度を奪っていく。足が痛い。
 「タクシーで帰る?」
 「高いわよ」
 「……ちょっと待って」
 僕は鞄から財布を取り出した。
 「なに?」
 「三千円くらいあれば足りる?」
 「は?」
 僕は財布から産前を抜き取り、彼女に渡そうとした。しかし彼女は怪訝そうに僕を見るだけで、お金を受け取ろうとはしなかった。
 「今更どういうつもり?」
 「え?」
 「今更どういうつもりって聞いてるの」
 「いや、別に」
 彼女がおいそれとお金を受け取るとは思っていなかったが、ここまで嫌悪感を露わにされるとも思っていなかった。思わずたじろんでしまう。
 「今更、あなたからの施しなんて受けないわよ」
 「……」
 そうか。そうだった。僕らはもう、終わったんだった。
 雪が降りしきる。傘もささずに立ちすくむ僕らに。
 僕は何かを言おうとして何度か口をパクパクと動かしたが、何も言えなかった。空気が喉の奥でかすれるような音がするだけだった。
 けれど、今はそれでよかったと思う。今それを言ってしまえば、僕は本当に「終わって」しまう気がした。
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