第2話
文字数 2,138文字
彼女と知り合ったのは、大学一年生のサークルの新入生歓迎会でのことだった。当時の友達、という表現が正しいのかすら分からない、大学入学当初の孤独を埋めるための存在のような知り合いに、テニスサークルの新入生歓迎会に誘われた僕は、オレンジジュース片手に途方に暮れていた。
大学から二駅くらい離れたところにある広い公園。バーベキュー。
テニスサークル特有の、こなれた胡散臭さを放つ先輩たちやそういう人たちに囲まれ胸を踊らせる新入生たちの和気藹々とした雰囲気。そういうものに気落ちし、僕はその場に馴染むことが出来ずにいた。
彼女は、そんな新入生歓迎会の傍らで、つまらなそうに緑茶を啜っていた。
彼女はその場で一際異彩な雰囲気を醸し出していた。流水のような黒髪。他者を拒絶するような三白眼。先輩かなとも思ったが、受付の時に貼られたシールの色が僕と同じだったので新入生だとわかった。
そもそもなぜこの新入生歓迎会に行こうと思ったのか不思議なほど、その場にいる彼女は異質だった。
仲間がいる、そう思った僕は彼女に話しかけた。
「はじめまして」
「……はじめまして」
彼女は怪訝そうに僕を見た。明らかに僕を警戒していた。
「なんかこの場に馴染めなくって」
「同類だと思いました?」
「……」
歯に衣を着せぬ物言いだった。しかしこれは彼女のことを好意的に表現した場合であり、正直その時の僕は彼女を集団行動で困りそうな人だなあと思った。
この時に何事もなかったかのように立ち去ってもよかったし、実際その案も脳裏によぎったが、何故か僕はそうしなかった。
向こうがそう来るなら、僕も遠慮する必要はないだろうと、そう思ったのだ。
「うん。違うんですか?」
僕がそう言うと彼女はきょとんと間抜けな顔をして、そうして笑い出した。
「あなた、変な人ね」
これが僕と彼女の馴れ初めである。お互いがお互いに対してそこまでいい第一印象を持っていなかったことは想像に難くない。少なからず僕は、彼女に対して容姿はいいけど……という印象を抱いていた。
その場限りの関係、と言えば少し誤解を招きそうであるが、新入生歓迎会の間だけ、暇をつぶせる話し相手になってくれればそれでいいや、と思っていた。
しかし、そんな僕の思惑とは裏腹に、彼女と話すのは楽しかった。
彼女も僕と同じように大学進学を機に上京し一人暮らしをしているようで、言葉少なに、東京への憧れを語った。
東京への憧れ。それは僕も抱いているものだった。
東京。日本の中心。文化の発信源。ここに来れば、僕も大きくなれるかもしれない、そんな淡い期待を抱いて、僕は上京してきた。
彼女もそうだったのかは分からないが、しかし、僕は、その時彼女に僕と似たような匂いを感じた。
そんな彼女に感化され、僕もその場でこっぱずかしい話をした記憶がある。
音楽が好きだという話をし、それだけにとどめておけばいいものを、東京でバンドを組んで音楽をやりたいという、おおよそ初対面にすべきではない熱い思いを語った。
しかし、彼女はそんな僕の話を鼻で笑うようなことはせず、流し目で僕を見て「素敵ね」と、言葉少なに僕を肯定した。
その時、僕は自分の心がじんわりと温かくなっていくような感覚を覚えた。初対面の印象の時点で、彼女が嘘を吐くような人間ではないということはなんとなく理解していた。その上で、彼女は初対面の語る具体性のないフワフワとした野望を肯定した。その言葉が本心から来るものだということが出会って短い僕にも分かり、それが嬉しかったのだろう。
いや、僕は抱いた感情は、それだけではない。
多分、この時僕はもうすでに、彼女のことが気になっていた。
僕はその場で彼女と連絡先を交換した。
後日、僕はテニスサークルに入部などするはずもなく、軽音サークルに所属した。彼女も僕と同じくテニスサークルには入部することなく、僕が「サークルはいらないの?」と聞くと「別にいいわ」と言っていた。
六月の中旬、新入生によるライブが開催されることになった。チケットノルマをさばくために、僕は友人数名と、そして彼女に連絡を入れた。当初、彼女が来てくれるかどうかは半信半疑であったが、しかし彼女は二つ返事でそれを了承した。
彼女は、この時のライブが、僕と付き合う一つの決め手となったと後々語った。一人上京し、目標に向かって努力している姿が好きになったのだそうだ。僕としてはそこまでたいそうなことをしているつもりはなかったし、実際そんなこともないのだが、しかし彼女がそう思ったのであればそれを否定するいわれはないだろう。
それからは何度かデートをして四回目のデートの日に告白した。
僕が誰かと付き合うのは初めてだった。地元にいた時は異性との交流などほとんどなかった。ずっと異性へのコンプレックスを抱えていたのに、上京した途端こんなトントン拍子に彼女が出来て、僕は完全に舞い上がっていた。調子に乗っていた。
けれど、そういう異性へのコンプレックスが融解していくことは、僕の人生にとって確実にいい影響をもたらしたはずだ。
しかし、そう言う人間的な自信が、彼女との関係を終わらせる遠因になるとは、当時の僕は思ってもみなかった。
大学から二駅くらい離れたところにある広い公園。バーベキュー。
テニスサークル特有の、こなれた胡散臭さを放つ先輩たちやそういう人たちに囲まれ胸を踊らせる新入生たちの和気藹々とした雰囲気。そういうものに気落ちし、僕はその場に馴染むことが出来ずにいた。
彼女は、そんな新入生歓迎会の傍らで、つまらなそうに緑茶を啜っていた。
彼女はその場で一際異彩な雰囲気を醸し出していた。流水のような黒髪。他者を拒絶するような三白眼。先輩かなとも思ったが、受付の時に貼られたシールの色が僕と同じだったので新入生だとわかった。
そもそもなぜこの新入生歓迎会に行こうと思ったのか不思議なほど、その場にいる彼女は異質だった。
仲間がいる、そう思った僕は彼女に話しかけた。
「はじめまして」
「……はじめまして」
彼女は怪訝そうに僕を見た。明らかに僕を警戒していた。
「なんかこの場に馴染めなくって」
「同類だと思いました?」
「……」
歯に衣を着せぬ物言いだった。しかしこれは彼女のことを好意的に表現した場合であり、正直その時の僕は彼女を集団行動で困りそうな人だなあと思った。
この時に何事もなかったかのように立ち去ってもよかったし、実際その案も脳裏によぎったが、何故か僕はそうしなかった。
向こうがそう来るなら、僕も遠慮する必要はないだろうと、そう思ったのだ。
「うん。違うんですか?」
僕がそう言うと彼女はきょとんと間抜けな顔をして、そうして笑い出した。
「あなた、変な人ね」
これが僕と彼女の馴れ初めである。お互いがお互いに対してそこまでいい第一印象を持っていなかったことは想像に難くない。少なからず僕は、彼女に対して容姿はいいけど……という印象を抱いていた。
その場限りの関係、と言えば少し誤解を招きそうであるが、新入生歓迎会の間だけ、暇をつぶせる話し相手になってくれればそれでいいや、と思っていた。
しかし、そんな僕の思惑とは裏腹に、彼女と話すのは楽しかった。
彼女も僕と同じように大学進学を機に上京し一人暮らしをしているようで、言葉少なに、東京への憧れを語った。
東京への憧れ。それは僕も抱いているものだった。
東京。日本の中心。文化の発信源。ここに来れば、僕も大きくなれるかもしれない、そんな淡い期待を抱いて、僕は上京してきた。
彼女もそうだったのかは分からないが、しかし、僕は、その時彼女に僕と似たような匂いを感じた。
そんな彼女に感化され、僕もその場でこっぱずかしい話をした記憶がある。
音楽が好きだという話をし、それだけにとどめておけばいいものを、東京でバンドを組んで音楽をやりたいという、おおよそ初対面にすべきではない熱い思いを語った。
しかし、彼女はそんな僕の話を鼻で笑うようなことはせず、流し目で僕を見て「素敵ね」と、言葉少なに僕を肯定した。
その時、僕は自分の心がじんわりと温かくなっていくような感覚を覚えた。初対面の印象の時点で、彼女が嘘を吐くような人間ではないということはなんとなく理解していた。その上で、彼女は初対面の語る具体性のないフワフワとした野望を肯定した。その言葉が本心から来るものだということが出会って短い僕にも分かり、それが嬉しかったのだろう。
いや、僕は抱いた感情は、それだけではない。
多分、この時僕はもうすでに、彼女のことが気になっていた。
僕はその場で彼女と連絡先を交換した。
後日、僕はテニスサークルに入部などするはずもなく、軽音サークルに所属した。彼女も僕と同じくテニスサークルには入部することなく、僕が「サークルはいらないの?」と聞くと「別にいいわ」と言っていた。
六月の中旬、新入生によるライブが開催されることになった。チケットノルマをさばくために、僕は友人数名と、そして彼女に連絡を入れた。当初、彼女が来てくれるかどうかは半信半疑であったが、しかし彼女は二つ返事でそれを了承した。
彼女は、この時のライブが、僕と付き合う一つの決め手となったと後々語った。一人上京し、目標に向かって努力している姿が好きになったのだそうだ。僕としてはそこまでたいそうなことをしているつもりはなかったし、実際そんなこともないのだが、しかし彼女がそう思ったのであればそれを否定するいわれはないだろう。
それからは何度かデートをして四回目のデートの日に告白した。
僕が誰かと付き合うのは初めてだった。地元にいた時は異性との交流などほとんどなかった。ずっと異性へのコンプレックスを抱えていたのに、上京した途端こんなトントン拍子に彼女が出来て、僕は完全に舞い上がっていた。調子に乗っていた。
けれど、そういう異性へのコンプレックスが融解していくことは、僕の人生にとって確実にいい影響をもたらしたはずだ。
しかし、そう言う人間的な自信が、彼女との関係を終わらせる遠因になるとは、当時の僕は思ってもみなかった。