第1話 妄想

文字数 1,419文字

離婚した。

子供を二人連れて出て来た。

離婚理由は色々あるが、今さら言った所で離婚した事には変わりはない。

下の子が中学に入ったのを機に、しばらく厄介になっていた実家を出て、賃貸マンションに引っ越した。

少々狭いが、親子三人暮らして行くには十分だ。

子供達は、片親になった子にありがちないじけた所もなく、道を曲がりくねりそうな様子もない。今の所はだけど。

ただ、ちょっと困っていると言うか、悩んでいる事がある。

はぁ~~~~。


子供達を送り出し、あらかたの家事をすませると、ちょっと溜め息を吐きながらトイレに入った。

蓋を上げて、どっかと腰を降ろす。

そろそろ働き口でも見つけないとなぁ。

四十過ぎの、何の資格もキャリアもない、専業主婦だったオバサンを雇ってくれるところがあるかなぁ。

だが、これが困ってる事でも悩みでもない。
そなたは、働かずともいいと言うておるではないか!!
これである。いつの頃からか、トイレに入ると出て来る。
実際に、目の前に現れると言うわけではない。

何となく、頭の中に竜っぽい姿が浮かび上がり、何となく頭の中でこんな事を言っている気がするのである。

星が入った球を集めると出て来る竜に似ている気がする。

色は銀色っぽい。

しかし、どうしてトイレなのよ!

ああ、それはな、そなたが他の事を気にせずに、己に集中できるからじゃな。
へぇ、そうなんだ。

ああ、だからお風呂場や洗面所でオバケを見ることが多いのかぁ。

じゃない!!

何を納得してるんだ、私は!

この竜は、私が作りだした夢、幻、妄想だ!

妄想の言う事に納得してどうする!

またそのようなつれない事を!

やっとそなたと会えたと言うに!

は? やっと?
んむ。かれこれ200年ほどになるか。

随分探して、やっとそなたを見つけたのだぞ。

200年ですか。それはまた長い間お探しに……て!

アホか! 私はまだ40年ちょいしか生きてないわよ!


うむうむ。その器に入ってからは、それくらいの様じゃな。
……はあぁぁぁぁ~~~。

何を妄想と真面目に会話してるんだか……。

自分に突っ込みつつ、私はトイレを出た。
さて、今日は天気がいいから、窓ふきでもしようかな。
あまり無理はせぬようにな!

ああ、それと働きに出ようとは思わぬようにな!

ゲ! トイレの外にまで出るようになった!?

働くなって言われてもねぇ! 子供が二人居て、これからお金が掛かるのよ!

だからであろう! そなたの器はあまり丈夫ではない。

そなたが病に伏したら、子供達はどうなるのじゃ?

まぁ……ね。少々厄介な持病は持っている。悪化させないように気をつけてはいるけれど。
そうであろう? 

そなたは今回、そう苦労をせぬ運命を背負うて生まれておる。

故に、無理はするな。

へぇ、そうなんだぁ。嬉しいわ。


じゃぁない!

ああ、仕方がない! こうなれば覚悟を決めよう!!

あのですねぇ、随分と長い間、私をお探しになられたようですが、私に何か御用がおありだったのでしょうか?
私は覚悟を決めて、妄想竜に話しかけてみた。

手はせっせと窓拭きしつつ。

もちろんじゃ!
どんな御用でしょう?

私に出来る事でしたら、させて頂きます。

だからさっさと消えてくれ!
んむ、そうか!

なれば、我の妻になってくれ!

……………………。


真面目に聞いた私がバカだった。
それとも、これは私の願望か?

もう男も結婚もこりごりだと思っているつもりでも、心の奥の奥の奥の奥の方で、誰かに望まれて結婚したいと思っているのだろうか。

にしても、相手は人間にしようよ、私。

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登場人物紹介

子供二人を連れて離婚したオバサン。

一応、主人公。

いきなりトイレで現われるようになった竜

大御神に命ぜられて、主人公を守っている竜。

昔々、魂だった頃の主人公。

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