第2話 ジャブ―ルの罠

文字数 1,687文字

 ジャブ―ルの罠という言葉をご存じだろうか。
 そんな言葉はない。私が昨日創造したから。ない、と断言してしまうのは悲しいけど、新しい言葉を作る権利が付与されるための申請を忘れていた私が悪いんだ。
 だけど、今あるこれが全てなのだとしたら、一つの悪を決めて吊るし上げる必要なんてないよね。もし、そんなこと考えている時間をもっと有意義なこと、例えば、いつも誰かがやってくれている何かの、誰かを自分に変えることができたとしたら、あの子はもう少し愛想笑いが上手くなっていたかもしれない。そうしたら、それを真に受けた自惚れ人の深夜の一人大反省会が久々の休暇を取れたかもしれない。このかもしれないは憶測にすぎないから、もっと別の未来も十分に想定できるんだけど、未来を夢見る時には単純で理想化された一つで満足しないといけないという暗黙の了解があったという旨の通知が来ていた。
 どこから? 
 精神局事務課からだったかな。私の兄はこの精神局事務課で働いていないのだが、そもそも兄がいないから当たり前といえば当たり前だった。
 言葉には時代の流行り廃りがある。私の愛娘はその波にうまく乗れるだろうか。このうまくが、廃れないことなのか、一時でも一世を風靡することなのか、多くの人の心に馴染むことなのか、または、言葉のエキスパートたちの中でカルト的に信奉されることなのか、それは私と愛娘の間にすら乖離があるのだから、血の繋がりなんて縋るには心許ない代物だった。だから利用したい人だけ利用して、不要だと思う人は振り返ることなく素通りしていいのだろう。モバイルバッテリーのレンタルのように。
 
 ジャブ―ルの罠というのはどういう意味なの?
 君は聞くだろう。何の悪気もなく。だれかがその言葉で傷つくとも知らずに。だけど、それを理由に君を責められない。人があまりに自分勝手に心に傷を作るもんだから、どこに撒菱が潜んでいるか分からないから。相場は地雷? ツッコミなら許容するけど、非難なら私の前からいなくなってほしいな。そうだ、人のせいにしすぎたら、回り回って、自分のせいになるから、始めから自分のせいにして労力だけでも温存しておくみたいに、私は問いに答えることにした。
 意味はないよ。
 君はがっかりしたような表情をしている。少し蔑んでもいるだろうか。それとも私のそういう君であってほしいという願いの現像だろうか。
 意味が欲しいならあげるよ。哲学者のジャブ―ルはある実験を行った。勿論ジャプ―ルの助手が殆ど手配したんだけど。実験内容はこうだ。被験者はとある部屋に閉じ込められる。しばらく経った後に、その部屋の中にある落とし穴に落ちる。閉じ込められた時と落とし穴に落ちた時それぞれの心理状態を調べたのだが、落とし穴に落ちた時は、閉じ込められた時と比較して負の感情の上昇は微々たるものだった。つまり、罠の中で罠にかかっても、それは罠ではない。これがジャブ―ルの罠の意味である。満足かな?
 ねえ本当に満足かな?
 意味ないんだよ。この意味には。だって今作った嘘なんだから。たしかに昨日できた言葉に今意味ができたと考えてもいいんだけど、こういう種類の言葉って先に意味があるものじゃない?
 オッカムの剃刀と並べてちゃんと考えてほしい。
 オッカムの剃刀、ジャブ―ルの罠。
 自分で並べるのは億劫かと思って、あらかじめ並べて置いた。私がジャブ―ルの罠に意味がないと告白する前と変わったことって何だろう。
 ある言葉とない言葉。意味のある言葉と意味のない言葉。
 いつまでも優劣つけてないでよ。これとそれの違いでしかないんだから。意味を聞いて安心しないでよ。意味がないことを侮らないでよ。知っただけじゃん。まだ君の手中にないよ。ジャブ―ル主催の実験で、ジャプールの助手がしゃしゃり出てこないでよ。お人好しのレベル越えてるから。ちょっとは誰かを頼ってよ。頼られるって嬉しいことって知らないわけじゃないでしょ。
 分からないことだらけで絶望する夜の数を誇らない。第一回無知の知で満足せずに、第二回に向けて動き出す。そういう生き方を私はしたいのだ。
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