第1話 大食いって一度はやってみたい

文字数 1,386文字

 沢山食べて大きくなりなさい。
 この言葉に縛られながら生きているのではないけど、食べられるのなら自己の限界まで食べてみたい。そうやって思いながら目が覚めた。
 私は、黒のパーカーを取り出し、ヘッドホンを首にかけた。そうしたら、一人でも生きていける女が完成した。側だけ取り繕ってから家を出ると、世界の時空が歪んでいたので直しておいた。
 私の家の近所には、並みの大食いなら太刀打ちできない量を出す唐揚げ専門店がある。私も何度か行って通常のメニューを頼むのだが、その通常のメニューですら一つ一つの唐揚げのサイズがデカい。この店の定番メニューは「唐揚げ定食(普通)」であり、これは直径約10センチの唐揚げが一つ皿にのっている。普通とは何か、それを客に問うメニューであると私は捉えている。
 メニュー表をめくると、最後のページに「唐揚げ定食(山盛り)」の記載がある。これは、「唐揚げ定食(普通)」の唐揚げが14個、ピラミッド型に盛られている。山盛りと表記されているのに、ピラミッド型と言い直したのは、配慮が足りなかった。謝罪しよう。謝罪した。
 カウンターに案内され、水の入ったコップを受け取るとそれを一気に飲み干し、気分を高めた。そして最終ページまでめくり、標的である「唐揚げ定食(山盛り)」を視界に捕えた。
 背後で、店員を呼ぶ声がする。私は店員ではないのに反応してしまいそうになる。飲食店バイトあるあるを披露したところで、背後の男性客と店員との会話が聞こえて来る。どうやら、彼も「唐揚げ定食(山盛り)」に挑戦しようとしているらしい。ただ若干の躊躇があるようでもあった。そんな煮え切らない彼に店員は言った。
「もし、唐揚げ定食(山盛り)を注文して、食べきれず残した場合、フードロスの観点から訴えることになります」
「訴えられるんですか」
 私は、冷や汗が出てきた。訴える側も大変だろうに。
「今日も3人訴えました」
 店員はにべもなく言い放った。そんな日常みたいに言わないでほしかった。それじゃあまるで、昨日も4人訴えたし、明日も6人訴えるみたいじゃないか。私の後ろにいた男性客は怖気づいてしまったようで「唐揚げ定食(一般)」に注文を変更した。
 では、私は?
 もし私が訴えられても、私選弁護人を雇うお金なんてない。そんなお金があるとしても、一人で生きる強い女性的な見た目になるための費用に使う。そもそも、何の罪で私は訴えられるのだろうか。また、敗訴したら私はどんな代償を払うのか。この店の店主の裁判の勝率はどれほどなのか。一人の人間が裁判をそんな同時並行で進行できるものなのか。しかも、飲食店を経営しながら。店主の発言は脅しにすぎないのではないか。逆に店主を脅迫罪で訴える人が現れてもおかしくないのではないか。様々な疑問が噴出し、私の瞬間知的好奇心はマックス値を叩き出した。この出来事をきっかけに、私は法学部に入ることになる。だけど、人は物語のように一つのきっかけで、スパッと変わるのではなく、些細な出来事の積み重ねで、微動しながらゆっくり傾斜していくものなので、私も例に漏れず、そうだった。
 結果、私は「期間限定!レモン香る!ささみ唐揚げ定食(4個)」を頼んだ。それは十分に腹を満たし、心も背中も満たしてくれる一品で、この選択を後悔しなかった。
 そのまま、本末転倒という人生の醍醐味を完食した。

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