第3話 ③

文字数 3,191文字

 食後、蓮丸がシャワーを浴びている間に瑞島は洗い物をした。といってもプラスチック容器と割り箸を水洗いしてゴミ袋に入れるだけである。ついでにキッチンの埃を掃除してシンクの中を洗っていると、浴室から蓮丸が出てきた。コンビニで買った肌着とパンツを身につけ、貸してやったバスタオルを肩にかけている。
「コーヒー飲むか?」
「ううん。苦くて飲めないからお茶をもらうよ」
 蓮丸はペットボトルのお茶を手に寝室に入っていった。それを見送ったあと瑞島も洗面所で服を脱ぎ、浴室に入った。今日はまとめて洗濯機を回す日である。蓮丸の服も洗ってやりたいが、向こうのマンションのように乾燥機がついているわけではない。部屋干しでは乾かないだろうな……と思っていると、いきなり浴室の扉が開いた。
「うわっ!」
 髪を洗っていた瑞島は驚いて後ろを振り返った。そこにいたのはもちろん蓮丸で、瑞島の反応を全く意に介さない表情で立っていた。何かあったのか問おうとしたが、シャンプーが目に染みて動けなくなった。
「言うのを忘れていた。手伝おうと思って」
「な、何を手伝うって……」
 手探りでタオルを取ろうとする瑞島に蓮丸が近付き、シャワーの蛇口を捻って温水を出した。瑞島はバシャバシャとシャンプーの泡を洗い流してから涙目で蓮丸を見た。
「なんで入ってくるんだよ」
「だから手伝わなきゃわからないでしょ」
 蓮丸は罪悪感の欠片もない顔をして微笑みかけた。狭い浴室は複数人で入ることを想定しておらず、二人で入るとどちらかの背が壁にぶつかる。蓮丸は買ったばかりの肌着が濡れることも厭わずに、状況がわかっていない瑞島を抱き寄せて壁に自分の背をもたせかけた。
「そういう顔もかわいいねぇ」
 耳元で甘い声で囁きながら、身体に回した手を瑞島の腰にすっと滑らせた。その指が尻の間に挿し込まれた瞬間、瑞島はぎょっとして身を硬直させた。
「おっ、おまえ! 何する気だ!」
「何ってわかるでしょ? みんな俺とこういうことがしたくてお金を払うんだよ。この前みたいに気持ちよくしてあげるからさ、しかも無料で」
「馬鹿言うな。俺は胸のある女の子のほうがいい」
 そう言って突き飛ばそうとしたが、その拍子にシャンプーの泡で足を滑らせそうになった。不本意にも蓮丸が両手で支えてくれたおかげで倒れずに済んだ。しかし、蓮丸は瑞島が体勢を立て直さないうちに濡れた肌をあちこち撫で回した。
「ひどいこと言うなぁ。この前は譲ってあげたけど俺もゆめちゃんを抱きたいんだよね。ネット予約人気ナンバーワンの葦名を朝まで独り占めだよ。オプション全部込みで朝まで追加料金なし。これってすごいサービスじゃない?」
 耳元でわけのわからないことを言われている。濡れた肌を触られていちいち敏感に反応し、蓮丸の言葉の意味を理解することもできない。挿し込まれた指を締めつけて馬鹿みたいに声を漏らしているのは本当に自分だろうか。
「あ……あぁっ、も、もう無理……」
「きもちい? まだ駄目だよ、今は準備だけだからね」
 ようやく解放された瑞島はふらふらと床に座り込んだ。何が起きているのか誰か説明してほしい。やがて蓮丸が腕を掴んで瑞島を引っ張り上げ、バスタオルでかいがいしく身体の水滴を拭いた。
 ようやく視界がクリアになったものの、生まれたての何かのように足が震えて足元がおぼつかない。着替えを取りにいこうと寝室に向かったが、今度はクローゼットの前に蓮丸が立ちはだかった。
「パンツを履くのはすることしてからにしようね」
 反論できないうちに腕を取られ、そのまま自分のベッドの上に転がされた。いつの間にか掛け布団がはぎ取られてベッドシーツが露わになっている。手をついて起き上がろうとする瑞島に、蓮丸が何も履いていない肌を密着させてきた。
「いやちょっと、え? な、何してんの?」
「やっぱりいい匂い。ゆめちゃんのベッド、興奮するなぁ」
 柔らかい尻の肉に硬いものが押しつけられている。前回はまじまじと見ている暇がなかったが、腹の上で屹立したものはそれ自体が別の生き物のように見えた。自分がやったことを今度は蓮丸から受けようとしている、と頭がようやく追いつき、瑞島は足をばたつかせて逃げようとした。
「い、嫌だ、それだけは……っ!」
「優しくするから平気だって。壊れたりしないから」
「こういうのは合意のもとですべきだろ。僕は、うわぁっ、なに、冷たっ!」
 むき出しの尻に冷たく濡れた指が押し当てられる。動きを止めた瑞島を蓮丸が素早く抱き寄せ、後ろを触りながらもう片方の腕でがっちり腰を固定した。
「逃げないでってば。ほんと素直じゃないんだから」
 前回もそうだったが、蓮丸は人体のどこをどうすればその気にさせられるかよく知っている。ゆるゆると手のひらの中で弄ばれ、急速に拒絶する気力がしぼんでいくのを感じた。
「ゆめちゃん大丈夫? 飛んでない? もうそろそろかな」
 蓮丸が瑞島の腰を抱えて足を開き、指で広げた場所に身体の一部を押し当てた。その瞬間、瑞島はひぃっと息を呑んだ。
「蓮丸、これ無理、むりだってぇ……!」
 指より遥かに大きいものが瑞島の内部を圧迫する。がくがくと膝が震え、倒れてしまわないよう手足に力を入れた。
「力を抜いてて。きつくしたら余計痛くなるから……」
 しかし男の身体というのはそういう目的で作られていない。苦しくて当たり前だ。敏感な粘膜にこすれて痛い。激しい熱も感じる。他人の鼓動が奥底から響いてくるのは変な気分だった。
「ゆめちゃん……」
 蓮丸が後ろから囁くように名を呼ぶ。シーツを握りしめる瑞島の手に自分の手を重ね、そっと指を絡ませた。
「うぅ、う、あ……」
 ゆるく腰を動かされて食いしばった歯の間から声が漏れる。瑞島は肩で息をしながら後ろの蓮丸を見上げた。そして目が合ったと思ったとき蓮丸がにこっと微笑んだ。
「そんな焦らすような目つきしちゃって、俺を求めてくれるんだね」
 突然奥を抉るような動きに瑞島はまた息を呑んだ。本来あり得ない深さまで蓮丸が侵入を繰り返す。恐怖とともに本能的な快楽が込み上げてきた。
「あっ、だ、だめ蓮丸、お願いだから、これ以上は……ッ!」
 恥も外聞もなく喘ぐ瑞島に蓮丸が覆いかぶさって耳を舐める。続いて身体をずらして二人の唇を重ね、瑞島の抗議の言葉を飲み込んだ。下半身の圧迫はもう抑えが利かないほどになっている。
「もう無理だ。このままじゃ出る、出ちゃうから……」
「うん、俺ももう限界。一緒にいこうね」
 最後の追い込みとばかりに蓮丸が腰に力を入れる。瑞島は突き上げてきた衝動のままに絶頂に達した。同時に自分に突き刺さったものを強く締めつけ、後ろの蓮丸が鋭く反応したのがわかった。
「あ、だめ、ゆめちゃん……っ」
 生温かい感触がゴム越しに伝わってくる。瑞島は息を吐いてドサッとベッドに倒れ込んだ。身体の奥のほうがじんじんする。
「どうだった? 女の子の立場になってみた感想は」
 横たわる瑞島の視界に蓮丸の笑顔が映り込んだ。瑞島は笑い返す余裕もなくぐったりとベッドに身を預けた。
「好きじゃない。何か感じる暇もなくただ苦しかった」
「そう? ちゃんと感じていたから才能あると思ったけどな」
 蓮丸は気を悪くした様子もなくベッドを下りた。そして脱いだものを元どおり履いて、隅に丸めてあった掛け布団を取ってきた。
「明日、朝八時に指名が入っているからそれまでに車で送ってね。あ、スーツケースはこっちで処分しておくから心配しないで」
「ん……」
 すでに目を閉じていた瑞島は適当に手を上げて答えた。蓮丸が隣に潜り込んで一緒に掛け布団にくるまる。事情はどうあれ二人で身を寄せていると温かい。蓮丸が頭をすり寄せてきて顎の下がくすぐったかった。
 瑞島はあっという間に眠り込んだが、翌日の朝、山登りをした疲れも相まって全身の筋肉が悲鳴を上げた。
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