第7話

文字数 1,456文字

 木漏れ日が斜めになり、照り付ける暑さが和らいできた頃、段田の足はすっかり棒のようになっていた。靴の中で血豆がこすれ、一歩ごとに激しい痛みを感じる。
 それでも黙々と獣道を進み、頂上へと近づくと、やがて小さな祠(ほこら)が見えてきた。
 陽はすっかり暮れている。
 ハンドライトに照らされた古めかしい祠は、今にも崩れそうな頼りない外観で、セットではないことはひと目で判った。
 同行してきたガイドの話だと、ここに仙人が住みついているとの事だった。
 勿論それも台本通りなのだろうが、幻想的な雰囲気を感じさせる佇まいを前にすると、本当に仙人が居てもおかしくないと思わせる雰囲気を感じた。
 やがてスタッフが祠の後ろに回り込むと、数分後にはスモークが焚かれた。
 それを合図に、扉の奥から老人と思われる低音ボイスが発せられた。
「汝は如何なる輩か。何人(なんびと)たる者、禁断のこの地に足を踏み入れてはならぬ。早々に立ち去れい!」威厳に満ちた声色だった。
 だが、わざとらし過ぎる大量のスモークが、せっかくの雰囲気を台無しにしている。これも金井ディレクターの狙いに違いない。
 段田はカンペで指示された通りの台詞を口に出す。
「私たちは怪しい者ではありません。あなたと話がしたいのです。もし良かったら出てきてもらえませんか」
「おぬし達は何者じゃ」
「テレビ局のスタッフです。是非インタビューをさせて欲しいのですが」
 仙人にテレビだのインタビューだの通じる訳がない……と思わせておいて、
「承知した。そのインタビューとやらに応じてしんぜよう」
 やっぱりそうきたか。
 ライトアップされた扉が重々しく開くと、激しい逆光の中、小柄の老人がゆっくりと歩み出た。
 仙人とは思えない程不自然に整えられた髪。散髪したてであるのは間違いない。立派な口ひげを生やしているが、おそらく付けひげに違いない。
 腕を組み、仙人らしき人物は、鋭い眼光をカメラに向けた。
 ハッキリ認識できるほどのドーランが顔全体に塗ってあり、目張りもきっちり入れられていた。衣装は明らかに新品の柔道着である。
 仙人が柔道着じゃ変だろう、普通、仙人といえば長着に袴が定番じゃないのか。段田は心の中でツッコミをいれた。
 面白いやらせだと思うのだが、金井ディレクターのこだわりはよく分からない。これも演出の一つなのだろうか?
「ストップストップ。カメラ止めて」金井ディレクターが声を荒げて仙人の前に出た。「ちょっと広瀬さん、ちゃんと衣装を汚しておくように言っておいたよね。どうしてそのまま着ちゃうかな? これじゃまるで子供柔道教室の先生じゃないか。髪もセットして来たでしょう。もっと搔き乱してもらわないと困るよ。それにメイクも落としてきて」
 さすがにこれは予定外だった様だ。

 広瀬と呼ばれた仙人役の男は、口から唾を飛ばしながら必死に言い訳をしていた。
「だって折角テレビに出るんだから、綺麗な恰好をしておきたいじゃないですか」
 どうもこの役者(?)はプロ意識に欠けているようだ。
「今すぐに汚してこい。それにもっと普通に話せよ。時代劇じゃないんだから」
 仙人がフランクに話すのもどうかと思うが。
 いそいそと地面に柔道着を擦りつけると、仙人役の広瀬は、髪をグシャグシャに搔きむしり、クレンジングクリームを顔に塗り始めた。
「時間が無いから、そのまま続けます。三……二……」
 え? このまま続けるの? これじゃあ登場シーンとの繋がりはどうなるんだ?
 果たして無事に出来上がるのかと、不安を覚えずにいられない。
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