小旅行に出かけたい話
文字数 797文字
真鶴では晴れ渡っていた車窓の風景が、そう桁外れに長いわけでもないトンネルを抜けた先で俄かに嵐へと変わりはててしまって彼の息を詰めさせた。呼吸をやり直すのに、二拍、三拍おいて吐くところから始める。視覚的転調の演出上の効果ということについて、彼は直感的に知っているつもりでいて、然して分かってもいなかったようだ。
今朝、仕事もないのに習慣が勝手に彼を起こし、彼のほうではおとなしく身仕舞いをして、平生は在っても無くとも変わらぬような週末を今日は実の伴った休みにせよと言い聞かせ、スーパーに買い出しにでかけるのと同じ服装で電車に乗った。ちょうどホームに滑り込んでくる、その方面に向かうことにした。生活圏を離れてどこか、例えば小田原へまでも行ってみて、城を眺めて、ビールでも飲んで帰れば気も晴れるのではないか、と、一体何に思い屈しているのか自分自身にも明白でないままに彼はそう考えたのだった。それが、この有様では。
彼は、けれどそう悲観し抜いているわけでもない。だいいち在来線の、若者たちの脈拍めかして軽薄な振動に、小一時間もゆられておいて、その上でとことん哀しんでみるということのほうが難しいだろう。だから彼は、視界が一変した瞬間にはアアとつぶやいておいて、携帯端末のカメラを起動しつつ、それならばいっそどこまでも降車しない
それはすこしも美しくはなかった。悲壮でも反抗的でもなかった。カメラはだめだ窓越しではだめだと彼は思い直して、やはりどうあってもここで降りることにする。電車はまもなく、小田原駅に停車した。